第34話 どこかの病院
気付いたら、俺はどこかの病院にいた。どこですか、ここは。頭が物凄く痛い。何これ痛い。ちょっと痛いですよ。何とかしてください。
「山本さん、大丈夫ですか? 気持ち悪いところ、ないですか?」
誰この人。白衣の天使? 俺、死んだんですか。
「…気持ち悪いところはありませんけど、痛い」
「それはそうでしょう。頭切ったんですから。5針縫いましたよ」
「え、縫った?…あ、俺、転んだのか…」
思い出した。田中と電話してる最中に、俺はよそ見をしていてビルの階段でつまずいた。つまずき方が悪くて、脚を滑らせて、ひっくり返って石段の角に頭をぶつけた。物凄く俺は間が抜けている。そうか、縫うほど切れたのか。改めて自分の姿を見ると、ワイシャツもネクタイも血みどろだった。何これ結構スプラッタ。切ったのは耳の後ろみたいだ。痛いな、ちくしょう。ていうか助けてくれたのどなたですか。そういえば、周囲の人たちが助けてくれた気がする。血みどろだったから。救急車も呼んでくれた気がする。うわどうしよう、俺生まれて初めて救急車乗っちまった。軽く自慢できる。いや、できない。
「取り急ぎ会社にお電話させていただきました。あ、今日はもうお仕事しないでお帰りになってくださいね」
可愛い白衣の天使が言った。もちろん帰ってやる。5針も縫って血みどろで仕事できるか。もう寝てやる。思いっきり寝てやる。眠る気満々だ。物凄く痛くて疲れた。あれ? 俺のスマホは?
「俺の荷物とか、どうなってますか?」
「こちらにありますよ」
白衣の天使は血のついたジャケットとスマホを持ってきてくれた。壊れてないよな。でも、病院だから電話とかしちゃいけないよな。こっそり動作確認してみたら、問題なかった。田中からメールが来ていて、留守電も入っているようだった。多分、物凄く心配している。早く連絡しないと。
念のためCTを撮ったりレントゲンを撮ったり、腕が痛かったので診てもらったりしている間に、何とLINE女が俺のバッグを持ってやってきた。
「ちょっと、山本さん大丈夫? やだ凄いじゃん、血みどろじゃん」
「え、何でお前がここにいるの?」
「病院からの電話取ったのが私だっただけ。荷物持ってきてあげたんじゃないの、何その言い方」
「あ、そうなんだ…ありがとうございます、すいません…」
「その姿だし、タクシーで帰った方がいいね。送ってってあげるから」
LINE女に俺のアパートの在り処を明かすんですか。ちょっと抵抗ある。
「いいよ別に。一人で帰れる」
「ダメだよ、無理したら。途中でまたひっくり返ったらどうすんの。死ぬよ?」
それは勘弁して。
「死にたくないです、一緒に帰ってください」
会計を済ませたり薬局で薬をもらったりしているうちに、どんどん時間は過ぎる。時計を見たら、もう4時半になっていた。LINE女、ごめん。仕事増やしちゃったな。今度ポカリ2リットルおごるから、許して。それにしても、何だかふらふらするな。
「実家に連絡とかは? しなくていいの?」
「えー…親に連絡かあ、面倒だな」
「一応しておいたら? それって結構大怪我だけど」
どうしよう。親に連絡したら、お袋とか飛んでくるかもしれない。わざわざそんな心配もかけたくない。死ぬわけじゃなし。
「俺、この怪我で死んだりしないよな?」
「知らないわよ、そんなこと。でも用心した方がいいと思うけど。頭だし」
「じゃあ、家に帰ってから連絡する」
病院のコンビニで絆創膏を買って、ついでにポカリを買って、LINE女とタクシーに乗り込んだ。意外と近所の病院だったので、すぐにアパートに到着する。ああ、傷口が痛い。じんじんする。最近の「縫う」ってホッチキスだなんて知らなかった。俺は紙か。俺の頭はホッチキスで止められて、自分が書類になった気分になる。
「悪いなあ、送ってもらって。あ、ポカリいる?」
「いらないっつの。自分で飲んで。一人暮らしでご飯とかどうすんのよ。大丈夫?」
そうだ、ご飯。今日も田中が作ってくれるはずだった。連絡しないと。
「うん、多分大丈夫だと思う…」
部屋の鍵をガチャリと開けたら、少し遠くから「山本さん!」と呼ばれた。振り向いたら、田中が血相を変えてアパートに駆け込んで来たところだった。
「あ、田中さん…」
俺が呟いたら、隣でLINE女が「えっ、やだ田中さんなの、いきなり登場?」とびびっていた。
「良かった、無事だったのか。途中で何も言わなくなったから絶対何かあったと思って、会社に電話しちゃいましたよ。あ、こんにちは。俺、山本さんの隣に住んでる者です」
田中は俺に話しかけたりLINE女に話しかけたり忙しそうだった。LINE女、田中と挨拶するのはいいけど、何をにやにやしてるんだ。
「すいません、心配かけちゃって。電話してる最中にすっ転んで頭打ったみたい。俺、間抜けかも」
「ホント間抜けですよ、心配するじゃないですか。しかも血みどろ」
「5針縫われました。ホッチキスで。ていうか田中さん、仕事は?」
「いや、俺のことはいいですから」
俺と田中の会話を聞いていたLINE女が、「田中さんがお隣なら、私帰っても大丈夫かしら」と言った。だからお前何故にやにやしてるんだ。田中が「あ、大丈夫です。あとは俺が。なにげに親しいので」と答えると、LINE女は俺に荷物を押し付けて帰った。帰り際に「なんか私、今度お好み焼きが食べたいわ。よろしく」と、捨て台詞を残して行った。何だよいきなりお好み焼きとか。わけわかんない。
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