第33話 あれ?
やはり仕事を休むわけにはいかないので、翌日はきちんと出勤した。会社のそばのコンビニで、ポカリを3本買った。LINE女のデスクに行ったらもう出勤していたので、「これ、お礼」と言って渡したら少し嫌な顔をされた。どうしてだよ。
「今日かなり涼しいのに。ポカリ3本も飲まないわよ」
「じゃあ俺が飲む。返せよ」
「2本もらっとく。で、いい感じにいってるわけ?」
「多分。田中の作った鯖の味噌煮で大泣きした」
LINE女は目を丸くして叫んだ。
「何それ、超いい感じ? 鯖の味噌煮で泣くとかかなり羨ましいし! ちょっと幸せ分けてよ」
そんなこと言われても、どうやって分ければいいのか俺はわからない。
「無理。俺、幸せのお裾分けとかできないし。だからポカリ買ってきたんじゃんか」
「…まあいいや。とりあえず2本もらっとくから。何なのよもう、もっと高いもんおごりなさいよ」
「じゃあ、飯でも食いに行く?」
「いらない。その田中さん紹介して」
「それは無理。残念ながら」
「わかってるわよ。結婚式には呼んでもらうから」
LINE女に追い払われて、俺は自分のデスクに戻った。俺もういっそ田中と結婚したい。男同士って不便だな、結婚できないから。でも、結婚できるからいいってわけでもないだろう。結婚しても相性が悪ければどうせ離婚する。
昼休み、俺は珍しく定食屋で昼飯を食った。田中以外の人が鯖の味噌煮を作るとどんな味になるのか、検証してみたかった。会社のそばの定食屋の鯖の味噌煮は、特別に美味しくもなかったしまずくもなかった。結局、昨日の晩飯が特別だったのかもしれない。田中は料理の中にいろんなものをバンバン入れたと言っていた。この定食屋の親父は俺のために何も入れてくれていないと思う。当然だけど。
俺は昼休みの残り時間を、田中と電話して過ごした。なにも電話なんかしなくたって夜になれば直接話せるのに、どうしても声が聞きたかった。田中の声が実は低音だったことに、昨日初めて気付いたからだ。俺の声はあまり低くない。田中は電話があったことを驚いている。
『今日も電話くれるとは思いませんでしたよ』
「俺も今日も電話するとは思わなかったです。でも声が聞きたかったのですいません」
『うわーなんなんですか。俺もしかしてもうすぐ死ぬの?』
「なんで死ぬんだよ」
『いや、あんまり幸せで。山本さんが素直になってるし。雪でも降るんじゃないかと』
そんなこと言われなくても、俺は昨日で結構素直になってきた。まだまだかもしれないけど。田中にしてみれば、きっとまだまだだろうな。
『あれ、周り車がいますか? 山本さん、会社にいるんじゃないの?』
「今は外。昼飯食った帰り道」
『あ、そう。珍しいですね、外食なんて』
「近くの定食屋で鯖の味噌煮食ってきた」
『はあー? あなた俺のこと怒らせるの好きですね。バカにしてんですかこの野郎』
「そうじゃなくて。田中さんの鯖の味噌煮がどんなに美味かったかを検証したくて」
『ふうん。まあいいや。今夜何食べますか? リクエストありますか』
そうだな、何が食べたいかな。俺はぼんやり空を見上げた。昨日は雨が降っていたのに、今日は綺麗に晴れている。
と、思ったら、何かが俺にぶつかった。ような気がする。え、今の何ですか。あれ?
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