第20話 優越感

 ぼんやりしながらゴールドブレンドをいれていたら、ポットのお湯で少し火傷した。かっこ悪い。俺っていろいろとかっこ悪いよな、考えてみると。田中の前に出ると、かっこ悪さがさらに際立つ気がしてならない。いいことない。


「あー、流されやすい人だから山本さんってわけじゃないですよ」

「なんなのもう、俺よくわかんない」

「そんなに説明必要? 一目惚れに理屈いらないと思うけどな」


 そう言われると、いよいよ理由を聞きたくなる。何か理由がほしい。俺でなければならない理由が。俺でなければならない理由? あるのかそんなの。


「あのー…」

「はい」

「田中さんの目、みんな舐めてる?」

「はあ? なんですか急に」


 そうだよな、急にこんなこと聞くの変だよな。やっぱりやめた。


「いえ、なんでもないです…」


 まだ熱いコーヒーをすすったら。舌を火傷した。あちぃ。


「…山本さんだけですよ」

「え? ホント?」

「ホントです。そんな変なこと言い出すの、あなたくらいしかいないし」

「変で悪かったな」

「悪くないし。そういうこと言い出しそうな人だから好きになったんだし」


 変なの。こいつ俺の目舐めたがりそうとか、わかるのかよ。それこそちょっとあり得ない。


「普通、目なんか舐めさせないでしょ。山本さん、誰かから目ぇ舐めさせろって言われて舐めさせますか?」

「嫌だ痛そう」

「でしょ? だから誰も俺の目なんか舐めたことありません」

「じゃあ、俺だけ?」

「ですね」


 ふうん。あの味、俺しか知らないんだ。物凄く甘いのに。あり得ないほど甘美なのに。田中と今までに付き合った人、ごめんね。俺、今、物凄い優越感。


「舐めます?」

「え、いいの?」

「別に減りませんから。人間じゃないからいくら舐められても平気。ていうか、もうこの目、山本さんのだから」

「いや、目は俺のものじゃないです」

「そんなもんだと思ってくれればいいから。どうぞ」


 うわ、なんだ。口元が緩む。何だか嬉しい、俺。何この気持ち。どうしよう、ニヤニヤが止まらない。内心ちょっと困っていたら、余裕で田中に抱きしめられた。まだ朝なのに、いいんですかこんなことして。こいつに抱きしめられるのにもすっかり慣れた。慣れたというか、いややっぱり慣れない。胸がドキドキするんです、どうすればいいですか。苦しいです、凄く。


「…この表現使っていいのかどうかわかんないけど、山本さん超絶かわいいですね」


 やめろ、男にかわいいとか言うな。言われても全然嬉しくない。


「その表現、禁止」

「禁止ですか、じゃあなんて表現しようかなあ」

「かわいいって女の子に言う言葉だから。俺、男だから」

「でも、かっこ良くはない」


 どうせ俺はかっこ悪い。そんなの自分が一番よく知ってる。かっこ良かったら、人生もう少し違ってると思う。でも俺が凄いかっこいい男だったら、もしかして田中に出会ってなかったかもしれない。


「他にどうやって表現したらいいか、俺わかりません。とりあえず抱きしめることしかできません」


 じゃあ抱きしめててください。としか俺も言えません。いいのかな、これで。俺、かなりヤバい状態じゃないのかな。田中と一緒にいたいがために有休取っちゃうとか、何の疑問もなく抱き合っちゃうとか。俺ってもしかして重症ですか。


「そうですね、重症ですね」

「…だから心読むなっつってんのに」

「無理です。溢れ出てくるものは隠せませんよ?」

「そんなに溢れ出てますか」

「物凄い洪水です。俺、溺れそう」

「何に」

「山本さんのめくるめく愛に溺れそう」


 愛とか言うな。背中がむず痒くなる。それに愛なんて言うと、急に形が決まってしまうような気がする。


「愛じゃありません、多分」

「あ、言葉の選び方、間違いましたかね」


 そんな言葉、つまらない。俺とこいつの間にあるものを表現するにしては、全然適切じゃない。言葉にしない方が、きっといいと思う。


 俺は田中の目を舐めてみた。やっぱり物凄く甘くて、舌から順番に全身が痺れた。誰も舐めたことがないのなら、もう他の誰にも舐めさせない。こいつの目の甘さを知っているのは俺だけでいい。田中、もうナンパされるなよ。されてもいいけど、誰にも渡さないことに決めた。こいつは俺のもの。


「うわー、凄いな、山本さん」


 田中が甲高い変な声を出した。


「え、俺がどうかした?」

「マジで俺、溺れそう。助けてこの山本さん洪水。気持ちよくてイっちゃいそう」

「そんなこと言われても」

「山本さんをこの部屋に閉じ込めて、どこにも出したくない気分。鎖つけて檻に閉じ込めたい。ロープで縛りたい。赤いロウソクたらしたい。もうめちゃくちゃのドロドロにしたい」

「うわ、爛れてる」

「山本さんが悪いんです。大事なことなので何度でも言います。この据え膳野郎」


 ひどい言われようだ。だけど、何言われても気分は悪くない。もういい、今日は一日田中と爛れた生活送る。そのために有休も取ったんだから。でもその前に、シャワー浴びさせてください。昨日会社から帰ってきてまだシャワー浴びてないんで。

 しかし、俺自身に抵抗やめた俺って、なんかつまらなくないか? やっぱり抵抗するか?…いややめた。今日は爛れた俺でいい。


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