第9話 解ける謎

 秋分の日の朝、俺は再び田中の部屋で目を覚ました。そして再び田中スウェットを着ていた。こんな自分が嫌いになりそうだ。いい加減秋らしくなってきているのに雑魚寝状態で寝ていたためか、寒気を覚えてくしゃみが出た。隣で眠っていた田中が、ごろりと寝返りを打つ。


 まだ眠ってるのか。狼男も普通に眠るのか。考えてみたらこいつは普通に生活しているし、普通のサラリーマンらしい。言ってることが嘘じゃなければ。眠っている顔をまじまじと見ていたら、いきなり田中の目がばちんと開いた。


「わっ、びっくりした」

「じろじろ見ないでくださいよ、寝てたのに」

「寝てるのになんでじろじろ見てるってわかるんですか」

「視線感じましたんで。敏感なんです」


 まあいいけど。男の寝顔なんか見ても楽しくないし。だいたい狼男だし。あまり突き付けられたくない現実だけど、どうやら本当だし。いや嘘でもいいけど、こいつが嘘ついても何の得にもならなさそうだし。そもそも俺に声をかけてきた時点で、それが多分こいつの得に繋がってるし。俺、こいつの何ですか?


 ちょっと待て、昨日の夜、妙なことを聞いた。


「…あの、俺のこと好きだとか言いました?」


 横になったままの田中に、俺はぼそりと言った。田中は目をくるりとこちらに向け、不思議そうな顔をした。


「なに、山本さんまた覚えてないの?」

「い、いや、微かに覚えてる…というか…」

「言いましたよ、好きだったんですよねー山本さんのことがって」


 両手で目をこすりながら、田中はあくびをした。ちょっと待ってあんまり覚醒しないでいいから。


「その好きってなに…」

「えっ!…嫌いの真逆…? じゃない、無関心の真逆です」

「はあ」

「山本さんに大いに関心があるという意味です。好きってそういうもんでしょ?」

「いや男から好きとか言われたことないし」

「俺から言われたじゃないですか。俺男ですよ」


 何なんですか。それで俺はどうすればよろしいの?


「山本さんもそのうち俺のこと好きになりますから。まあ焦んないでください」

「そんなこと決めないでよ」

「別に決めてませんけど、山本さん俺のこと結構好きじゃないですか、もう」

「え、わかりません、そんなこと」

「そのうちわかります。付き合ってるうちに」


 それでこのままなし崩し的に友人以上になるというのか。相手は男だというのに。彼女いない歴数年の俺に、いきなり彼氏ができるのか。しかも狼男の彼氏とか。二重三重にあり得ない。俺、彼女がほしい。でも相手がいない…


「男、嫌いですか?」

「嫌いっていうか、あり得ないですし」

「そうかなあ。結構あり得てますよ、山本さん。俺に会ってからまだ数日ですよ。でも物凄くいい感じですよ」

「いい感じって何が」

「いつでも俺に食われていいですって感じなところが」

「嫌だそれやめて。どうやって食うのか知らないけど嫌だ」


 その時、俺は。突如としてひらめいた。多分、これ間違ってない。


「…ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとすみません、ちょっと着替えてきます。ていうか帰ります」


 かなり間近にいた田中から、ざざざざと後ずさりする。食われるって、意味わかったぞ。何これ狼男じゃなくてもかなり危険じゃないか。普通に男として危機じゃないか、この状況。


「は? どうしたんですか、急に?」

「か、帰ります」

「なんで? 今日まで休みですよ。ゆっくり朝飯でも食ってってください。オムレツ作りますから」


 無駄に爽やかな笑顔出すな。その裏で何考えてんだ。決まってるよな、俺を食うこと考えてるんだ。そう簡単に食われてたまるか。


「あのね、山本さん…」

「は、はい」

「俺そんなにがっついてませんので。今ここでいきなり襲いかかったりしませんよ」


 読まれてた。それはそれで、何だか恥ずかしい。


「心配しなくても何もしませんので。朝飯食ってってくださいね」


 田中は起き上がって、あくびをしながらキッチンへ向かった。


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