第29話 凄く好きです

 俺はスマホを取り出して、田中にメールを送ることにする。今夜行くからご飯食べさせてって。俺、LINE入れようかな。田中にとって、その方が便利なら。


『今夜、ご飯食べに行ってもいい?』


 すぐに返事ください、頼むから。今日は光速で返事がほしい。


『何が食べたいですか?』


 あ、来た来た。良かった、行ってもいいらしい。


『何でもいいんだけど、俺が泣きそうになるもの』


 何だこの注文は。俺、注文の多い料理店過ぎる。泣きそうになるものって何だ。自分でも思い付かない。どうしよう、訂正しようか。訂正したくても、どうやって書けばいいのかわからない。


『了解。泣けるほど美味しいもの作りますから、残業は早めに切り上げてくださいね』

『がんばって定時で帰ります』


 上司が帰ってきた。やばい、スマホしまわなきゃ。でも、田中の返事が見たい。いや、田中の声が聞きたい。俺は慌てて上司を振り切って、トイレに駆け込んだ。もう1時過ぎてるけど、生理現象だから許して。トイレに用があるわけじゃないけど。初めてやらかすことだが、俺は仕事中に田中に電話をかけた。


『はい、田中です』


 田中の声だ。仕事中のわりにはのんびりしている。


「あ、山本です。すいません、電話なんかしてすいません」

『別にそんなに謝らなくてもいいけど、どうしたんですか急に』

「…こ、声が聞きたくて」

『ええ! マジですかそれは。超嬉しい』


 大声出すな。仕事中だろ。周りが見るだろ。どんな社内か知らないけど。


「…マジです。今日、ホントに行って大丈夫?」

『今さら聞くこと? 毎日のようにうちで飯食ってるのに』

「なんか聞いてみたくなったんです。メールじゃなくて」

『嬉しいなあ、嬉しくてトイレに駆け込んじゃいましたよ』

「偶然だな。俺もトイレにいる」

『うちに来るのは今日ももちろんオッケーです。あ、そしたら駅で待ち合わせましょう』


 駅で待ち合わせか。そんなことはしたことがない。珍しい。


「どうしていきなり待ち合わせ?」

『まあいいじゃないですか、たまには。帰りに買い物するの付き合ってください』

「わかりました。なるべく早く駅に帰りつくようにしますから」

『楽しみにしてますね。じゃあ、また夕方に』

「はい、ではでは」


 わざわざ電話するほどでもない内容だったが、ここで時間切れだ。俺は電話を切ったあとに、言い忘れたと思ってもう一度メールした。柄じゃないけど、


『すみません、凄く好きです』


 と勢いで打って送った。田中からの返事はなかった。どうして返事くれないんだ。今物凄く大事なところなのに。


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