第7話 スーパーへ

 そういえば掃除機をかけようと目論んでいたことを突然思い出した。日曜日の真っ昼間、俺は面倒だが掃除機を出してかけ始めた。洗濯は昨日の夜のうちにしておいたので、もう乾いている。そうだ、田中にスウェットを返さなければいけない。掃除機をかけながら、俺はオムレツのことを考えていた。


「あれ、美味かったなあ…」


 また食いたい。とは声に出さずにおいた。誰も聞いていないので声を出しても構わなかったが、声に出したら負けだと思い、出さずにおいた。


 しかし、たくさんビールをご馳走になる、スウェット借りて眠る、朝飯をご馳走になる、とサービスされっぱなしなので、何かお礼をしなければならないのではないか。どうやってお礼をしようか。菓子折りでも持っていくか。…ださい。金一封とか。…そんな義理はない。飲みか飯に誘うか。…なんか関係が深くなりそうで嫌だ。ではどうすればいいのか。そうだ、缶ビールたくさん買ってきてお礼にしよう。掃除機をかけ終えて、洗濯物を取り込み、田中スウェットをきちんとたたんで紙袋に入れておく。財布の中を確認すると、缶ビールいくつか買っても大丈夫な程度の残高はあった。天気もまあまあだし買い物に行こうと俺は玄関を出た。


 外から鍵を閉めていたら、隣のドアが開いた。え、ここでばったり会う流れですか。


「あれ、出かけるんですか?」


 田中だ。当たり前だが。


「ちょっと駅前のスーパーまで買い物に」

「なんだ、俺もそうですよ。偶然ですね」


 何この偶然続き。彼女と別れた日時も同じなら、駅前のスーパーに出かける日時も同じなのか。


「え、じゃあお先にどうぞ。俺は後から行きますんで」

「はあ? 何ですかそれ。一緒に行きましょうよ」

「いえ、いいです。男二人でスーパーとか別の流れみたいで」

「…偶然行くところが同じだっただけでしょ。照れてるんですか」


 照れてなどいない。人聞きの悪いことを言うな。


「なんで俺が照れなきゃいけないんですか」

「そう見えたので」

「照れてませんよ。じゃあ一緒に行きましょう」


 どうせこいつにあげるビール買いに行くだけだし。不本意ながら、数日連続で連れ立って過ごすことになってしまった。


 ぼんやりと想像していた通り、田中はまめに自炊する男らしく、スーパーで卵やら肉やら野菜やらを少しずつ買っていた。俺はビールしか用がないのだが、何かと田中が話しかけてくるので一緒にスーパーを回る。


「あれ? 山本さん、何も買わないの?」

「俺はビールを買おうと思って」

「ちゃんと自炊してます?」

「してません。コンビニ弁当です」

「あ、じゃあ晩飯食いに来ます? どうせ作るんだから二人分作りますよ。何食いたいですか?」


 もう嫌だこの雰囲気。どこのカップルですか。一緒に買い物して、一緒に料理して、一緒にお食事ですか。


「いいですよ…悪いし。あ、ビールお礼に差し上げようと思って買い物に来たんです」

「え、いりませんよ、お礼なんて」

「そうもいかない」


 田中は無駄に爽やかな笑顔を振りまいて、「気にしないでください」と笑った。しかしこの笑顔に甘えてもいけないので、俺は缶ビールを買った。銘柄は何が好きかと聞いたが、特に要望はないらしいので、仕方ないから自分の好きなビールを買った。


「じゃあ、そのビールで乾杯しましょう」

「え、明日仕事なのに」

「…山本さん、そんなにたくさん飲むつもりなんですか?」

「いや、飲みません飲みません。飲んでも一本だけ」

「なんかつまみでも作りますよ。寄ってってください。ていうか、明日休みですよ。秋分の日」


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