第22話 俺の部屋の掃除

 いつもの最寄り駅まで無事に帰ってきたら、コンビニの前で田中に会った。手にはスーパーとコンビニ両方の袋を下げている。俺はポカリの2リットルがほしい。自分の家の冷蔵庫に入れる用。


「あ、おかえんなさい。俺ダッシュで仕事終わらせちゃいましたよ」

「残業じゃなかったの? 凄い早い」

「ブッチしてきました。月曜日でいいです、もう」

「田中さん、堕落してませんか」

「大丈夫。俺、仕事できるイケメンだから」


 軽くむかつく。俺は仕事ができる方かどうか、自分ではよくわからない。最近の俺はかなりできない方だと思う。コンビニに入ろうとすると、田中に止められた。


「ポカリなら買いましたけど」

「いや、俺んち用にほしいんです」

「もうほとんど田中家の住人なのに、今さら?」

「一応買わせて。常備させて。俺の冷蔵庫も使わせて」


 可哀想な俺の部屋は、最近あまり電気も付けていないし冷蔵庫も使ってやっていない。俺は田中と半同棲生活に突入している。仕事が終われば一緒に田中の作った晩飯を食べるし、朝は田中オムレツを食べてから一回自分の部屋に帰って着替えて出勤して、あとは適当に自分の部屋で洗濯したりアイロンかけたりしている。考えてみたら、田中と半同棲生活していると、俺の電気料金や水道代が少なく済んでありがたい。もう一緒に暮らすべきですか。


「なんか部屋が二つあるのがもったいないみたいですよねえ」


 飲み物売り場で2リットルポカリを取り出した俺に、田中が能天気な声をかけた。


「…そこ微妙なところだから、そっとしといて」

「もう一緒に暮らしちゃえばいいのに」

「いいの。今のままでいたい」

「非合理的じゃないですか」

「何となく最後の一線守らせて」


 レジで金を払いながら、俺は凄く意味のないことを言ってるなと自分で呆れた。ここまで一緒にいるんだったら、こいつの部屋と俺の部屋の間の壁ぶち抜いて広い102&103号室にしてもいいと思う。で、もうちょっと広いベッドを調達する。今のベッド、シングルだから狭い。え、ダブルベッドですか。ダブルベッドで何するんですか。いっそ毎晩エンドレスですか。この発想、終わってる。いや、俺は今さら自覚するまでもなく終わってる。


「山本さん、なんで肩落として歩いてるの」

「なんでもありません、そっとしといて」

「相変わらず往生際の悪い人ですねえ」

「もはやそれ俺のチャームポイント」


 アパートに到着して、とりあえず俺は自分の部屋に向かう。


「ちょっと着替えてきます。あ、掃除機かけてくるわ」


 絶対掃除機をかけるべきだ。いつから俺は掃除していないんだ。


「なんですかそれ、新手の焦らしプレイですか」

「たまには掃除した方がよくね?」

「まあ、たまにはね。じゃあ俺も掃除機でもかけよ。終わったら来てください」

「はい、また後で」


 やあ、久しぶり、俺の部屋。毎日帰ってはいるけれど、何とも言えないご無沙汰感は否めない。風呂とか壊れてるんじゃあるまいな。とにかく掃除をしよう。適当に。俺はスーツから普段着に着替えて、掃除機を取り出した。こんなに使わない掃除機だから、高いものなんか買わなくて良かった。うっかりダイソンなんか買ってたら、元を取るために毎日掃除機かけなきゃならない。


「…なんか汚れてるなあ。埃立ってる」


 ぶつぶつ文句を垂れながら、俺は掃除機をかけた。テーブルとか埃がたまってる。拭かなきゃ。読み終わった雑誌とか鬱陶しい。縛って捨てなきゃ。最近、雑誌なんか興味なくなった。大好きなマンガ連載している別冊少年マガジンだけ買えばいいと思う。別マガは分厚くて捨てるのがまためんどくさいけど。


「あ、洗濯しないと」


 一昨日からためておいた下着やらワイシャツやらを洗濯機でぐるぐる回す。ワイシャツはアイロンをかけなければいけないので、これまた面倒だ。アイロンをかけるべきワイシャツが2枚あった。ハンカチもあった。洗濯してる間にアイロンでもかけるか。俺のワイシャツ形状記憶だからホントはアイロンかけなくてもいいんだけど、俺は何故かアイロンをかけずにはいられない。決してアイロンが好きなわけではない。ただのくせだ。アイロンのコンセントを入れていたら、電話が鳴った。田中だ。


『あ、まだ掃除中でしたか?』

「今は洗濯とアイロンだけど」

『ずいぶん本格的に取り組んでますね。今日うち来ないの?』


 行っちゃうに決まってんだろバカ野郎。と、俺はすぐに思う。いつの間にこんな男になったの俺。


「行くけど。洗濯物干して、アイロンかけ終わったら行く」

『たまには外に飲みに行きますか。駅前の鳥八とか』

「行ったことない。知ってるけど」

『焼き鳥、美味いです。俺が美味いって言ってるんだから、信じられるでしょ』

「焼き鳥かあ…しばらく食ってないなあ」

「ていうか、アイロン俺が手伝いましょうか」

「うわあ」


 なんでお前、俺の部屋にいるんですか。いきなり入って来ないでください。お願いだから。びっくりするから。


「電話代もったいないですよね、どうせ隣なんだし、直接喋った方が早いし」

「ま、まあね…」

「アイロンかけるのどれ?」


 俺はワイシャツ2枚とハンカチ何枚かを指差した。


「えっ、ワイシャツにわざわざアイロンかけてんの? 形状記憶シャツじゃないの?」

「形状記憶だけどかけてる」

「山本さん、これほっといても大丈夫だけど。何その強迫観念」


 強迫観念なのかこれって。子どもの頃からお袋が親父のワイシャツにアイロンかけてたから、そうしなきゃダメなんだと思ってた。


「試しにこのまま着て出勤してみて。そのうちアイロンから解放されるから」

「そうかなあ」

「そうです。あ、ハンカチはかけてあげますから」

「ありがとうございます…」

「洗濯は? 終わってんじゃないの?」


 そういえば洗濯機がピーピー言った。


「すいません、干してきます…」

「そしたら仕事も早く終わって、早く飲みに行けますからね」


 田中は無駄にかいがいしいと思う。こいついつでも主婦になれる。料理が上手なだけじゃなく、家事も育児も何もかもできそうだ。しかも仕事までできるイケメン。どうして女が寄って来ない?…そういやナンパされてたか。なんかむかつく。


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