第2話 公園で

 外へ出てみると、昼間の陽射しがない分涼しくて、すっかり秋らしい空気が漂っていた。仕事が早く終わって良かった。俺は夜に散歩をする趣味もなかったが、気候が良ければ気持ちのいいものだと思った。しかし散歩と言っても、どうしても行きたい場所も思い当たらない。どこへ行こうか。月がよく見える場所はどこだ。


 俺は真っ白に光る満月を追いかけて、ふらふらと歩いた。商店街を抜けて、公園の前を通り、小学校の角を曲がって、住宅街の裏道を歩いた。途中で自動販売機があったので、スポーツドリンクを買って飲みながらさらに歩いた。歩いているうちに、月が徐々に高くなってくる。もっと見晴しのいい場所はないのか。だがこの辺りには高い建物もないし、あったとしてもどこかの会社のビルの屋上に入り込むわけにもいかない。ぐるっと回ってまた公園の前に戻ってきた。少しばかり広い公園の中には誰もいなくて、ジャングルジムやブランコや砂場があって、いくつかベンチが置いてあった。俺はベンチに腰かけて、しばらく月見でもしようと思った。そういえが俺は、マックの月見バーガーを、今年まだ食べていない。


「空に穴があいてるみたいだな」


 誰に聞かれるでもない独り言を呟くと、何だか地味に寂しくなった。ついでに、地味に恥ずかしくなった。誰も聞いていないよな。周囲をきょろきょろ見回してみても、多分誰もいない。


「いねえよな、誰も」


 地味に寂しくなる独り言を繰り返し、俺はスポーツドリンクを飲んだ。ビールを飲んでもいいけれど、今日はそんな気分になれなかった。


「すいません、聞いてました」

「えっ?」

「すいません、独り言聞こえてました。ホントに空に穴があいてるみたいですよね」

「えっ? 誰だよ?」

「ここです、ここ」


 物凄く軽く独り言に参加してきた声の主は、ベンチの向かいのブランコに座っていた。


「誰? いやあの、どなたですか」

「通りすがりの男です。月見しに来ました」

「え、いつからそこにいました?」

「月見バーガーを食べてないっておっしゃってた頃から」

「え、俺それ口に出してないし」

「いや、口に出してましたよ。口に出してないと思い込んでただけでしょう。聞いちゃってすみません。何だか話しかけた方が良さそうな雰囲気だったので」


 そんな馬鹿な。口に出した覚えはない。俺が口に出したのは、「空に穴が云々」以降だ。


「ていうか、あなた誰ですか」

「だから通りすがりの男です。月見しに来たら、あなたがそこにいらっしゃったので距離置いてブランコに座りました。狭いですけど、ブランコ」


 いててて、と男はブランコから立ち上がって、俺に向かって会釈した。会釈されると申し訳ないので、俺も立ち上がって会釈した。


「あんまり綺麗な満月なので、涼しいし月見でもした方がいいかと思ってここに来たんです」


 ブランコのそばから動かず、その男は言った。街灯の灯りを頼りに見ると、俺と似た年格好の男のようだ。と言ってもただでさえ目が悪い俺には、顔まではあまり見えない。


「ブランコ狭くて座り心地悪いんですが、ベンチの方に行ってもいいですか?」

「あ、どうぞ」

「お月見団子、コンビニで買ってきてあるんですけど、ご一緒にいかがですか?」

「え、俺が?」

「あ、嫌ならいいですけど。俺一人で食べますが」

「いや、どっちでもいいです。甘いものは好きなんで」

「じゃあ一緒にお月見しますか」


 俺は地味に寂しかったので、何となく怪しいが、通りすがりの男と一緒にお月見団子を食べることにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る