第26話 川べり

 鍾乳洞の外へ出ると、あり得ないくらい太陽が眩しかった。あれ、俺たち今、何してたの? 今まで異次元にいた気がする。


「山本さん、こっち。川に降りられるから」


 ホントだ。水に触れそうだ。冷たいんだろうな。転ばないように気を付けて下へ降りていくと、数倍涼しかった。川のそばは冷たい風が吹いている。


「まだ涙出そうですか?」

「いや、もう止まった」


 太陽と反比例なのだろうか。太陽浴びた途端、涙は消えた。しゃがみ込んで流れる水に手を浸してみると、あまりの冷たさにびっくりした。風邪引きそうだ。


「じゃあ、吊り橋効果も終わった?」

「どうだろう…」


 どうだろうか、俺。吊り橋効果は続いてるのか。田中の顔を見ると、相変わらず無駄にイケメンだった。知らないうちに、俺はこの顔が好きになっていた。特に、目が。ぱしゃっと顔に水をかけられる。冷たいな。メガネが濡れた。


「俺が好きですか?」

「そんなこと恥ずかしくてこんなところじゃ言えない」

「誰も聞いてませんよ。むしろ鍾乳洞よりも安全かも。川の音うるさいし、人いないし」


 本当だ、周囲には誰もいない。鍾乳洞の入口に何人か人が見えるけれど、川のほとりからは遠い。


「別に恥ずかしがること、ないと思いますが」

「何となく、太陽の下で言うのがはばかられる」

「夜まで待てない。聞かせてください。お願い」


 お願いまでされると困る。恥ずかしいじゃないか。明るいところで言うことじゃないと思う。俺の尺度ではだけど、こういうことは暗い場所で言った方が楽だ。


「明るいから無理」

「強情だなあ」

「暗くなるまで待って」

「嫌だ、待ちません。今言って。俺のこと、どれくらい好きですか?」


 腕、つかまれた。田中の手が冷たい。腕が濡れる。まだ半袖だからいいけど。


「山本さん、言って」

「…腕つかまないでください。人に見られる」

「誰も見てない。ホントに。誰も聞いてない。今言わなかったらきっと後悔すると思う」

「え…そうかな」

「今言わなかったら、俺あなたから離れていきますよ」


 そんなのは嫌だ。田中が俺から離れるなんてあり得ない。どうしてそんなこと言うんだ。突然、心臓が痛くなった。鼻の奥もツンとしてきた。おかしい。映画観てないのに、俺。


「嫌です。離れるなんて、嘘でしょ?」

「嘘じゃない。だから、言って」


 嘘じゃないのか。だったら言う。恥ずかしいのなんかどうでもいい。


「…田中さんのこと好きです。一生離れたくない」


 掴まれていた部分が冷たかったはずなのに、いつの間にかあたたかくなっていた。田中が笑った。その笑顔は何だかとても優しそうだった。


「大丈夫です、今聞いたから、一生離れません」

「ホントに?」

「ああ、泣かないで。すみませんでした、いじめて」


 別に泣いてない。つもりだったけど、視界がぼやける。胸が痛いし、胸がドキドキする。なんだこれ。ていうか俺は、いじめられてたのか。


「山本さん、キスしてもいい?」

「え、こんな公衆の面前で嫌です」

「じゃあ、後で。いいですか?」

「人の見てないところなら」


 ざあざあと流れる川のそばで、俺はしゃがみ込んで泣いていた。人に見られる。恥ずかしい。でも涙が止まらない。俺、田中のことが好きだ。どうして好きなのかわからないけど、田中のこと考えると胸が痛くなる。この感覚は、覚えがある。多分、きっと、恋だと思う。男に恋して何が悪い。誰にも迷惑なんかかけてないじゃないか。俺は田中が好きだ。田中も俺のことが好きなはずだ。どうしてそれだけじゃいけないんだ。


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