第14話 夜チュン

 ドラマや小説にありがちな朝チュンが待っているのかと思ったら、周囲は暗かった。まだ夜中だった。実は全部夢だったんじゃないかと起き上がってみたら、俺は裸だった。そして狭苦しいベッドの中の隣には田中が寝ていた。しかも裸で。もしかして、もう昨日までの俺じゃない?


「全部夢だったことにしよう…」


 ひっそりと呟いて抜け出そうとしたら、同時に起き上がった田中にがっちり腰を掴まれた。


「夢じゃありませんから」

「ゆ、夢でいいです。いい夢見ました。ありがとうございました」

「礼には及びません。夢の続きはいくらでもあります」

「あっ!」


 田中の目が。目が。変な色だ。何色だ、これ。金色?


「面白いでしょ」


 面白いというか、奇妙だ。普通、人間の目は夜中に光らないと思う。こいつ本当に人間じゃないんだ。


「あの、なんで目が光ってるんですか…」

「狼男だって言ったでしょう」


 わかっていても実感できなかった。しかしこれなら話はわかる。


「これじゃ友だちと旅行にも行けないじゃないですか」

「そういう時は光らないようにしますし、できます」

「今はどうして光ってるの」

「は? 今さら隠す必要ないじゃん」


 …本当に別の生き物だったんだ。どうしよう、俺、人間じゃない奴と同じベッドにいるし。裸だし。確実に何かされたし。ていうか覚えてるし、何があったか一部始終。


「あああああ…」


 思わず頭を抱えて声を上げたが、端から見たら今の俺は田中に泣きついているだけだろう。だって目の前に田中の胸がある。


「はいはい、泣くなり何なり好きにしてください」


 田中に抱きしめられるのが気持ちいいと思う俺は悪くない。断じて悪くない。


「どうしてこんなことになったんだ」

「山本さんが悪いと思いますけど」

「なんで俺が」

「そりゃそうでしょ。俺、大事なことだから三回言ったでしょ。据え膳状態でいるあなたが悪いって」


 俺はそんなつもりはなかったし、だいたい据え膳据え膳ってしつこい。男としてのプライドが総崩れだ。俺、男のくせに男に抱かれた。最悪だ。親父に絶対話せない。きっと勘当される。


「ホントに往生際の悪い人だなあ。もう諦めたら? 寝ちゃったんだし」

「…ここで諦めたら、山本家の長男として言い訳立たない」

「俺も田中家の長男ですが」

「長男同士の結婚は面倒だからやめましょう」


 あ、雨が降ってきた。窓をぱたぱたと叩く音がする。俺はたった今から夜中の雨が嫌いになるぞ。


「マジレスすると、男同士は結婚できないです」

「マジレスしてくれなくてもいいです。わかってます。ていうか別に田中さんと結婚したいわけじゃないので」

「雨、降ってきましたね」


 話そらすな。続けるほどの話題でもないけど。そして俺。何故逃げない。そうだ、男に抱きしめられている今の姿勢は間違ってる。今すぐ離れるぞ。


「おっと、そうはいきませんよ」


 逃げようと思ったら、またベッドに押し倒された。泣けてくる、こいつ俺より腕力強い。こんなことならもっと鍛えておくんだった。


「まあいいや。ここまでくると、抵抗してもし切れなくて嘆く山本さんっていう図が、いっそ快感になってきますね」


 わけのわかんないこと言うな。俺は抵抗している。しているつもりだ。だけどどうして俺は動けないんだ。


「それは山本さんがホントは喜んでるからですね」

「心読まないでくださいって言ってんのに。あと俺は喜んでない」

「うっそだぁ、さっきまでの映像、ビデオに撮ってありますよ? 見る?」

「ええ! やめてそれ勘弁して!」

「冗談ですよ、そんな悪趣味じゃありません、俺」

「なんだ、嘘か…」


 嘘で良かった。ビデオなんか撮られてたら、俺は軽く自殺できる。あれ? 田中の目が光ってない。どうして?


「ほらね、光らないようにもできるんですよ」


 そうなのか。光らないと普通の人間みたいだ。


「光ってた方が、かっこいいね」

「そうですか? じゃあ光らせましょうか」


 あ、光った。やっぱり何だかかっこいい。


「目だけですか。他にもどこか変わったところないの?」

「牙がありますよ、ほら」


 田中が口の中を見せてくれる。本当だ、牙らしきものがある。これは普通の人間の歯じゃない。俺は思わず手を伸ばした。


「わっ、光った」


 牙に触れると、青く光った。なんだこれ。


「いろいろできるでしょ。そのうち慣れますよ」

「はあ…」


 不思議過ぎて、ついていけない。


「俺、他人のことを意のままに動かす力はないですけど、山本さん一人くらい夢中にさせるの、わけないですよ」

「…それも特種技能ですか」

「いいえ。ただ単に俺がいい男だからです。惚れさせる自信があるだけです」

「なにその自信。むかつく」


 ホント、むかつくぞ。俺も誰かにそんなこと言ってみたい。


「何とでもどうぞ。既に俺のこと好きなくせに」

「…作ってくれる料理は好きかも」

「胃袋は恋の大切な要素なので。いつでもご馳走しますよ」

「だからって、田中さん自身が好きとは言ってない」


 田中は目を金色に光らせて笑った。ちょっと怖い。怖いけど、この目の色、くせになる。


「都合の悪いところは忘れるんですね。さっきはあんなに好き好き言ってたのに」

「え、言ってない、そんなこと」

「言ってましたってば。なんでしたら、もう一回やってみます?」

「いいや言ってない! 俺がそんなこと言うわけがない」

「頑固だなあ。マジでもう一回抱きますよ? いいんですか?」


 一瞬の間があって、田中は俺の首を締めてきた。苦しいです。お願いやめて。あ、首筋舐められた。もう今さら驚かない。さっき何度もやられた。首筋舐められたし、鎖骨舐められたし、もちろん唇は思いっきり舐められたし、胸やら脇腹やら考えたくないけど下半身やらいろいろ舐められた。あと時々、かじられた。かじって、そのまま食いちぎりたいのかな。あそこ食いちぎるなよ、死ぬから。


 田中の光る目をうっかり見つめてしまった。青く光る牙もある。きっと他にもいろいろ持っている。その目が、綺麗だと思った。狼男って何するのかわからないけれど、この目を見られるなら、こうして暗がりの中で二人きりでいてもいい。


「ほら、俺のこと、好きでしょ?」

「…多分」

「多分じゃないでしょ。素直になれば?」

「目が好き、かも。なんか不気味だけど」


 そう、目が綺麗だ。指を伸ばして、田中の目元に触れてみる。本当に、金色だ。キラキラ輝いている。いろいろと間違っているような気はするが、きっと俺はこの光る目に魅了されている。この不思議な目が、多分好きだ。


「素直な山本さんも、それはそれでいい」


 あ、キスされた。さっきの牙、まだ生えてるのかな。俺は自分の舌を田中の口の中に差し込んで、舌先で歯列を探った。やっぱりどこか尖ってる。他の女とキスしたこともあるけれど、この感触は初めてだ。これに噛まれたら、やっぱり痛いよな。…あ、舌。舌が絡んでくる。そういえばさっきも、何度もこんなキスをしたっけ。不思議と心の力が抜けて、安心で安全な気分になる。よく考えたらかなり危険なのに。こんな俺は考えることを放棄している。


「…俺が、好きですか?」


 光る目が俺を見つめている。好き?…どうだろう。目が好きだと言うことは、俺はこいつが好きなのか。好きなのかもしれない。好きと認めてしまえば、きっと物凄く楽になる。


「はい…なんか好きみたい」

「好きだって言って」

「…好きだ」

「はい、よく言えました」


 ちょっと釈然としないけど、好きだと言ってしまった。真夜中の雨の音は、静かで優しかった。田中のキスも、静かで優しかった。その唇も、指先も、手のひらの感触も、何もかも優しかった。この男に出会った瞬間から、きっと俺に逃げ場所なんかなかった。そして真夜中の雨を嫌う理由も一つとしてなかった。


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