第5話 お前は敵か?


「首謀者って――ああ、疑ってるんスね。オレのこと」


 さっきまで彼が纏っていた朗らかな雰囲気が、一瞬でどこかへと消えた。


「しょーじき言って、オレも樫村さんたちのこと疑ってますけどね」


「そうだな、それが普通だと思う。俺はお前が本当に『羽場はば健斗けんと』かすら怪しんでいる」


「プハッ! さっすがぶっ飛んでますねえ。その発想はオレにはないスよ」


「ここにきて有り得ない現象ばかり目にしてきたからな。なんでもかんでも疑ってしまうんだ」


「オレは違いますよ」


「証拠は。お前はこのモールに閉じ込められたとき、何をしていた? 深夜だったし、もう帰宅していただろう」


「あの日オレもそれなりに残業してたんですけどねえ。まあ樫村さんとGMよりは早めに帰らせてもらったんですが、忘れ物しちゃって戻ってたんすよ」


 ――俺が羽場を疑う理由は、主にふたつ。


 ひとつは、この緊張感のなかでの冷静さというか、警戒のだ。俺が羽場の立場だったら、っ裸で他の場所の探索になんか出掛ける勇気はなかなか出ない。商品管理室で衣服の代わりになりそうなものを探すだろう。


 そしてもうひとつは、先ほどの『謎ボード』での謎解きで、スマホ入力で扉が開くことをまるで知らないような反応をしたことだ。


 最初にあった首謀者のアナウンスで、アプリ操作の解説がされたはずだ。

 羽場が現れたことで、この館に別の被害者がいることが明らかになったし、あれは俺と東堂さんだけではなく他の複数人へ向けたメッセージであったことが伺える。


 本当に知らなかったのか? 俺は考える。首謀者だからこそ嘘の反応をした、その可能性があると。


 ……それでも、首謀者の思惑はわからないが。


「忘れ物っていうのは?」


「スマホです。マジ残業続きで疲れてたんすかね、オレ。モール事務所に置きっぱなしで」羽場は眠そうに目頭を指でつまむ。「スマホといえば、あれ、あの変なアプリ、樫村さんも持ってるんすか?」


 ……出鼻をくじかれた気分だ。たしかにスマホが手になければ、あのアナウンスでは解答方法は不明瞭だったかもしれない。


「果たしてどうだろうね」


「すげー疑ってますね……まあいいスよ。今のところオレ自身の潔白は証明できないんで。これからの行動で、示していきたいと思います」


「…………」


「オレも正直、ずっと戸惑ってますから。こんなことに巻き込まれて、外の警察はなにしてんだって話ッスよ」


 警察――俺と東堂さんは、何の収穫もなかった昨日の夜の時点で、外からの救助は望み薄だと結論付けた。いってみれば、これが唯一の収穫かもしれないが。

 これだけの規模のショッピングモールを隔離しておいて、丸一日外からのアクションがないのは、異常だ。それだけ大事おおごとになっているか、はたまた大組織をもってしても解決に到底及ばない事態になっているか……。


「まー、暗い話は置いときましょ! 実は樫村さん、いつも事務所で暗い顔してるからみんな遠ざかってるの、知ってます?」


「知ってるよ……暗い顔なのはわざとじゃないけど、周りのみんなにはなるべく話しかけられないようにしてる」


「なんでそんなことするんすか」


「面倒だろ。仕事は増えるし疲れるしで」


「ほーん。面白い理論すね。でもそうやって離れる人のなかに、GMが混ざってていいんですか?」




 ――寝耳に水のような発言だった。




「……どういうこと?」


「知ってますよー。というか噂で聞いただけですけど。樫村さんと東堂GMは出身地も学校も一緒で、幼馴染だったって」


 俺は目を見開いた。

 どくん、どくんと脈が大きく振れるのが分かる。耳の裏が熱い。口が開いたままで、だけど呼吸なんて意識できない。頭をフル回転させる。

 一体、どこで、どこから……。


「まあオレにとっては好都合です。一番近くにいたはずの人が自分から離れていくなんてラッキーですよ。――GMって綺麗ですよね。全然年齢を感じさせないというか、正直同級生と比べてもマジ違和感ないッスよ。胸もそれなりに……」


「お前は……」


「――オレがもらっちゃっても、いいんすよね?」






 明確に、断言できる。




 コイツが首謀者かどうかは関係ない。




 関係なく、例の【脱出条件】のなかでコイツは――――俺の敵だ。

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