第2話 履いてるから問題ないよね?

  D = 24

  H = 60

  M = 60

  Y = ?


  ?にはいる数字を答えよ

              』



 突如出現したこの謎かけの板を『謎ボード』と言うことにした。手のひらの上で転がされているようで癪だが、こいつがここから脱出するための重要なファクターであくことには違いない。俺たちはこの『謎ボード』を目印に、前へ進んでいくしかないのだ。


「樫村くん……このアルファベットは?」


「東堂GM。これは単純に、DayHourMinuteYearと解釈できます。そして各々、違う単位の数字で表すことができますよね」


「Dayで24……そうか、時間ね!」


「はい。なので上三行はこのように紐解けます」


 Day(1日)   = 24(時間)

 Hour(1時間) = 60(分)

 Minute(1分) = 60(秒)


「つまり、YはYearで365日ってことかしら」


 俺は頷き、自分のスマホで例のアプリを開いたのち、「365」と入力し送信する。


 すると、ガコン! となにかロックが外れたような音が響き、ゆっくりと目の前のシャッターが上昇していく。


 今のところ謎解きに関しては順調だ。一般常識的な知識で解決しているため、なんとか俺でもクリアできている。そして分からないところがあれば、東堂さんにカバーしてもらえばいい。


 問題は、俺たち二人ではフォローし合うことのできない難問にぶつかったとき、ほんとうの「行き止まり」に到達してしまったときだ。

 一生かけても分からない問題が出たときは、一生ここから出られないのと同じだ。

 おそらくこの仕掛けに、力技は通用しない。そして難問を出さないという首謀者の配慮があるとも言い切れない。

 問題の質を願うしかないのか。結局俺たちは手の平の上なのか……。


 そう、先行きの不安を抱いた、そのときだった。


「え?」


 頭上のほうで、金属同士が激しく擦り合うような激突音が鳴り響いた。おそらくシャッターにかけてあった『謎ボード』がシャッターの巻取りシャフト内で絡まった音だろう。あーあ、修理決定だなこりゃ。


 というのは、正直どうでもよかった。


 問題は、目の前。

 シャッターが巻き上げられ、開けた視界に映ったのはこの先の通路と――





 ――半裸の男性の姿だった。





「あれ、GM?」と半裸の男。


「おまっ……」と俺が言いかけ。


「きゃああああああ!!」と東堂さんが悲鳴を上げた。


 半裸の男は今更ながら慌てた。性格には上半身裸で、下半身はボクサーパンツのみだった。寒いだろうに。

「アッ、そうかヤベ! 違うんすよGM! これ、急に服が無くなってッスね!」


「ちょっと、なんなのよもう!」


「お前……そんな趣味あったのか?」


「樫村サンもそんな引かないで助けてくださいよ! オレずっとひとりで閉じ込められてて! もう出られないのかと思ったッスから……」


「い、いいから、なんかで隠しなさいよ」


「それができなくて困ってるんすけど……」


 仕方ねえな、と思って俺は文字通り一肌脱ぐことにした。羽織っていたスーツのジャケットを無言で差し出す。

 あざす!といって彼は素直に受け取った。


「……待て。なんで普通に羽織る。腰に巻けよ」


「え、それじゃ変態度が増しません?」


「もう振り切ってるから気にするな。隠せって言われてるんだから、隠すようにしておけ」


「でもオレのあそこの臭いが付いちゃいますよ」


「それを言うな。そしてもう返さなくていいから……」


 返されて、次からどんな気持ちでそのジャケットを着りゃいいんだ俺は。


 言う通りに俺の上着を腰に巻き始めたこいつは、俺の同僚の羽場はば健斗けんとという男だ。歳はたしか俺の少し下の……27くらいだったと思うが、さすがに若いだけあって、上半身は俺ほどたるんではいなかった。むしろ何かスポーツでもやっているのか、引き締まっているほどだ。


 羽場は身だしなみを整えると(整ってないが)、「お騒がせしたッス」と改まって言う。


「……あなたにそんな趣味はないのよね?」


「まずそこの確認すか!? 信用されてねぇ~……」


 彼は営業部のいち担当。しかしその社交性をもって、館内のお店のひとたちとは事務所の中でも結構良く関係を築けているほうらしい。


「ひとまず、私たち以外にも人がいて良かったわ。そして無事でなにより。探索してて、初めて見つけられたわ」


「え、もしかしてGMたちも閉じ込められてるんスか。まっじかぁ~」


「救助じゃなくてごめんなさい。でも私たちもここから出ようとしてるの、一緒についてきてくれる」


 もちろんですよ、といつもはワックスで整えられているはずが今はボサボサの髪を掻きながら羽場は答える。ほんとに余裕がないほど困っていたようだ。


 しかし俺は、この男を計り知れないでいる。


「あれ、でももしかしてそれって、この二日間くらい二人は一緒に暮らしてたってことッスよね……この密室空間で?」


 羽場がにんまりした顔でこちらを見る。


「GM、何もされませんでしたか~?」


 ……ほんとにこんなやつが、店の人たちからモテてるのだろうか。その整っている顔に一発拳をぶち込みたくなる。


 一方で東堂さんは溜め息をついて言う。


「羽場くん、この緊急事態でそんなことはありえません。セクハラになりかねませんから、そういう発言は気を付けなさい」


 東堂さん。緊急事態じゃなければありえるかもって聞こえてしまうので、そういう発言は気を付けてください…………。




 こうして、俺たちはひとり仲間を加えて、この脱出ゲームとやらに立ち向かうことになるのだった。

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