第11話 危うい共同戦線

「オレはGMを狙ってます。佐倉さんは樫村さんを、狙ってますよね――――」


 突然のことに、私の心の準備はもちろんできていなかった。


 いや! 狙ってないし!? 羽場くんの勘違いですし!? なんで唐突にそんなことを言い出すんだろうこの人。私がいつそんな素振りを見せましたかね!?


「違いますけど。どういうつもりですか?」


「観察日記つけてましたよね」


「なっ、んでそれを……ッ」


「なかなかつけ続けられませんよ、よほど対象に執着がなければ」


「もしかして……拾ったんですか?」


「拾った? 偶然耳に入ったんスよ、女子たちのお話がね」


 私の失くした観察日記……羽場くんが拾ったかは置いておいても、その存在が男子に知れ渡ってしまうとは。まったくプライバシーというものが……いや、それは私が言えることじゃないな……。


 とにかくとして、羽場くんの狙いは何なのだろう。


「どういうつもりなんです」


「知ってますよね、あの二人が幼馴染なの。そのままくっついちゃう可能性だってある――いや、オレはじかに聞いたッス、樫村さんに。すごく動揺してました」


「動揺って……それって」


 樫村さんが、GMのことを好きってこと?


「だから、佐倉さんが樫村さんのこと好きなら、オレはGMを狙いに行けるので、これは手を組むほかないかなーっと」


 なんてひと。こんなに貪欲で、利用できるものは利用しようとして。

 いや、でも恋愛ってこういうものかもしれない。私だって恋愛経験がないわけじゃない。たしかにそれは、純粋な気持ちだけでは駄目だった。痛い目を見た記憶がある。いろんな策略の中で、危ぶまれながら成り立っている関係だって存在する。


 私は、私の抱きたい恋愛がわからない。


 だけどひとまず――


「……具体的には、どうするつもりですか」


 ひとまず、がある以上、これは強力なカードに成り得る。


 ――このショッピングモールから脱出するための条件は【樫村龍之介と恋仲になること】である。


 信じちゃいない。……けど、手を伸ばすくらいは、してもいいと思う。



「お、交渉成立ッスねー。まあ具体的にって言われても、都度情報交換するとか、できるだけお互いにペアになるよう仕向けるとかですかね」


「誘っておいて、ちょっと雑すぎませんか?」


「いえいえ、今くらいしか話せるチャンスないかなーって。あっ、ほら、佐倉さん。なんかこのキーボックス、また謎が貼ってありますよ。ボックスも開かないッス」


「あっ、もう……」


 私たちの目的のブツ、『マスターキーボックス』に貼られたそれは、いつも通り禍々しい装飾のされたボードだった。



  ?に入る言葉を答えよ。


  12  = 位置

  312 = 遺産

  453 = ?

               』



「佐倉さん、わかるッスか?」


「さっそく匙を投げないでください。……なんか、妙に引っかかる字面ですね」


「引っかかる、というと?」


「うーん……”位置”なんて、読み方は”いち”=”1”で繋がりそうなんですけど、”12”だし。”遺産”も、”さん”って入ってて、なんか数字読みが関係してそうな気がして」


「なるほど」


「カッシーさんが言ってたんです。『直感』を信じろって……」


「へぇ~、さんがですねぇ~」


 羽場くんのニヤついた顔は、妙にイラだたせる。


「羽場くん。真面目にやって。さっきの、協力しなくてもいいんですよ?」


「ああっ、分かりましたッスよぉ。んじゃあ、”12”を”いちに”って置き換えていきましょうか」


 羽場くんの言う通りに変換してみると、こうだ。



  12  = いちに = 位置

  312 = さんいちに = 遺産



 ……なにかが惜しい気がする。なにか、あと1ピース。


いとしの樫村さんをお呼びしますか?」


「あなた、私を怒らせてなにしたいの???」


 本気で睨みつけたつもりだけど、彼は飄々とした態度のままだ。


「いえいえ、本気ッスよ。いま樫村さんがオレの愛しのGMと応接室で二人っきりなんで、引き剥がしたいのは本音なだけッス、ほんと」


「私をおちょくるのはやめてください。それに、カッシーさんの邪魔はいけません」


「あらら……お互いに良い案だと思ったのに。佐倉さんとオレとでは、もしかして方向性が違ってる感じッスかね?」


「私は……」


 いまのところは見守りたい、だけ。彼とどういう関係になりたいなんて、わかんないよ。


「あぁ――ッ!!」


「!?」


 羽場くんの突然の叫びに、驚いて耳を塞いだ。「な、なに?」


「分かったッスよ、これ! この答え!」


「ど、どういう――」


「つまりッスね、”12” = ”いちに”ってひらがなに変換した後に、”1”番目と”2”番目の文字を読むんスよ。すると、”に”だと『い,ち』=『位置』になるッス」


「うぅん……?」


「次いきますね。”321” = ”さんいちに”で、3,1,2番目の文字を順番に読むと……」


「”い”、”さ”、”ん”……で、『遺産』か。なるほど……!」


 すると問いの答えは……


 453 = よんごさん = さ,ん,ご = 珊瑚


 となる。


「”珊瑚”ッスね! っしゃあ、樫村さんに勝ったッス!」


「もう……一緒に解いてるんじゃないんですから。でも、よく解けましたね」


 変に脅してきたりクイズ解いてはしゃいだり、このひとを見ていると忙しくて仕方ない。いや、それすら通り越して呆れてきてしまった。


 スマホの変なアプリに答えを入力すると、どうやらキーボックスは開いたようだ。いったいどんな仕掛けなんだか。


 目的のものも手に入れ、羽場くんは満面の笑みだった。


「オレもやるでしょ。ですから、佐倉さんも協力してくれると嬉しいッス。樫村さんと佐倉さんの仲、ちゃんと取り持ちますから! 恋のキューピットになります!」


 まったく、その歳になってよくそんな恥ずかしいセリフが口から出るなあ。

 でも、応援されるのはいやじゃない。

 そう返事をしかけたところで――




「え? いま、なんて?」


 カッシーさんが、このサーバー室の入口に立っていた。

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