第12話 彼女の行動原理は。
「え? いま、なんて?」
サーバー室のマスターキーボックスを開けに行った二人の様子を見ようと、東堂さんに断りを入れて来てみた瞬間、予想もしなかった言葉を聞いた気がする。
誰と誰の仲、だって――?
「げ、樫村さん……」
「カッシーさん……今の、きいて……」
「い、いや……何が何だかって感じで」
「忘れてください」
ずい、と彼女は俺の前に一歩近寄る。
「必ず、聞いたことは忘れてください。いいですね」
「……は、はい。善処します……」
俺がそうして呆気に取られている間に、彼女はそのままサーバー室を出て行ってしまった。
羽場が「あちゃあ」と頭を掻いている。
「やっちまったッス」
「羽場、俺はさっぱりだぞ」
「いやぁ~そのまんまの意味ッスけど。まあ、彼女はいったように、忘れてください」
いやいや忘れられるか!
二人がそういう態度を取ると、やっぱりそういう意味なのかと勘繰りしてしまうじゃないか。
佐倉さんが――まさか。
いや、だからといって俺の行動に変化はない。まずはここからの脱出だ。防災センターへ行き、首謀者がそこに居ればとっちめる。俺だけが知る『脱出の条件』の検証は、あとからでも問題ないはず……。
「ひとまず、マスターキーはゲットしたッスよ」
「うん。これの……あった、たしか真宮さんがBマスターキーなら、シャッターの横の防火戸を開けられるって言ってたはずだから」
「へえ……。そういえば、GMに変なことしてませんよね?」
「まだ疑ってるのかよ……やるわけないだろ。GMが落ち着いたら、出発しよう」
「まあ、その前に会っておいたほうがいい人もいると思うッスけどね」
「分かってるよ」
さて、佐倉さんはどこへ行っただろう――。
* * *
彼女とすれ違った真宮さんに聞き、彼女が従業員休憩室に行ったということを教えてもらった。初日に訪れてから、食料を確保するために何度か来ているため、佐倉さんも入りやすかったのだろう。
俺は一応、その閉まったドアのノックしてから休憩室に入ることにする。
「佐倉さん、入るよ?」
そろりと中を覗いてみる。すると、部屋のすみっこの椅子に膝を抱え、後ろを向いていた。
「佐倉さん。マスターキーも手に入ったし、もうしばらくしたら行動開始するから」
「…………はい」
「…………」
ううん。そう露骨な態度だと、忘れられるものも忘れられないんだけども……。
でも、何か、その佐倉さんが重なった。
縮こまって外界をシャットダウンする仕草が、普段の俺の勤務態度と、いやに重なるのだ。
おかしくなって、つい忍び笑いを漏らす。
「なっ、なに笑ってるんですかっ」
「い、いやごめん。いつも俺ってそんな感じなんだなって」
「??? よくわかんないですけど……いつものカッシーさんはこんなものじゃないですよ」
「え、もっと酷いの……?」
彼女はこちらを振り向いた。少し目の付近が赤くなっているのは、気のせいだろうか。
「そりゃあ、閉じこもっているばかりか、ツーンと棘を発していますからね。ツーンって」
「なんだそれ……攻撃してるってこと……?」
「ほんとに。でも自分の仕事はちゃんとこなすから、有能なんだか無能なんだかって、みんなから囁かれてました」
うわぁ、あんまり聞きたくなかったよ……みんなの陰口とか。
「やるときはやるんですよね。なのに、なんでみんなとの接触をほとんど避けてたんですか? 無能でいるフリなんて、まったく必要ないのに」
どうして――。
自分の行動原理なんて、それが楽だからとか理由をつけて、目をそらしていた。
でも、こうしてみんなで協力しながら前に進んでいって、みんなからかけてもらえる声で、ようやくその一端に手が届いた気がする。
「それはね――たぶん、自分に自信がなかったんだよ」
道を分かれてしまった俺とあいつに、相当の差がついた。
自分は劣っていて、恥ずべき人間で、閉じこもるしかないと判断してしまった。
そこに正当な理由なんてない。不思議なことに人間は、真っ直ぐな方向にばかり考えを走らせがちなのだ。
「でも、みんなから……佐倉さんからも、そうじゃないって言ってもらえて、今は、そうじゃないかもって思えてきたんだ」
「……そうですか」
「うん、何言ってるんだろって話だけどさ……」
そのまましばらく二人とも黙ってしまった。だが、さきに決壊してくれたのは佐倉さんだった。
「ふふっ、ひとって、変われるんですね」
「え……?」
「なんでもないでーす。またひとつ、書くことが増えました」
「……それって、例の観察日記だよね。でも今は手元にないんだっけ」
「はい」
彼女はこちらに近づいてきて、にやりと笑みを浮かべて言う。
「――私のなかに、しっかり書き記しておきますので」
そのままスタスタと休憩室から彼女は出て行く一方、俺はその場所からしばらく動けないでいた。
あまりに眩しく、目がくらんでしまったらしい。
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