第7話 手のひらと手のうち
『
PC×① + CD×② + DM×⑦ = パンツ
PC×⑥ + HD×② + CD×⑤ = コート
VR×⑩ + SE×⑥ + PC×④ + IT×⑥ =?
?に入る単語を答えよ。
』
これは面倒そうだ。
「ええ…………っと? あ、そういうことか」
以外と羽場は察しが良いようだ。すでに法則性を見つけたらしい。
「早いな」
「や、一行目だけは。でも二行目、HDって何の略ッスか?」
「なんだ、聞いてくるのか」
「勝負してんのはファッションで、こっちは別ッスよ。なんか勝てる気しませんもん」
「なんだそりゃ……不利な勝負は仕掛けないってことかよ」
「樫村さんはもうわかったんすか?」
「いや。集中させてくれ、数えてるから」
「HDを教えてくださいよーっ」
「ハードディスク」
「あ、そっか。IT関係の単語が揃ってんすねこれ」
「……そのITって、何の略か知ってるか?」
「たしか、インターネット……じゃなくてインフォメーションテクノロジー、ッスよね。前にテレビでクイズ番組やってるの観ました」
へえ、こんな世代でもテレビは見るんだなと変な関心を持ちつつ、俺は脳内でパズルを組み立てる。
これはおそらく、略語を正式名称に変えて、”×”の後ろの数字の文字数目を読んでいく感じか。
一行目だと、
PC×①文字目 + CD×②文字目 + DM×⑦文字目
=『パ』ーソナルコンピューター + コ『ン』パクトディスク + ダイレクトメ『ッ』セージ
=『パ』『ン』『ツ』
ということだろう。小文字もカウントされて、読む時は大文字になるのか。
法則性さえ分かれば、二行目は無視してもいいだろう。
「くはーっ、メンドいッスねえ……えーと、バーチャルリアリティ……」
「わかった……『インナー』だな」
「早っ! え、それ答え……マジすか?」
VR×⑩文字目 + SE×⑥文字目 + PC×④文字目 + IT×⑥文字目
=バーチャルリアリテ『ィ』 + システムエ『ン』ジニア + パーソ『ナ』ルコンピューター + インフォメ『ー』ションテクノロジー
=『イ』『ン』『ナ』『ー』
で、『インナー』が答えだ。
「おっ。俺の勝ちだな」
「勝負はなしッスよ~!」
彼はからっとした笑い声でおちゃらける。
つい先刻までバチバチにやりあっていたのに、いつの間にか空気は和んでいた。
「調子狂うな」
――きっと、
この空気感が彼なのだ。
これからの行動で示していきます、というのはこういうことなのだろう。
「羽場……もしかしてわざと
「ぷっ、わざとって何すか。信頼得るのはこれが一番なんすよ」
それが、彼が社会を生き抜いていく中で身に着けた武器なんだ。あえて自身を
その、自分を晒すことの、どれだけ怖いことか。
「捨て身戦法すぎやしないか」
「なーに笑ってるんすか」笑っていたのか。俺は自分で気づいていなかった。羽場は気を取り直すように続ける。「まだファッション勝負は決着ついてないすよ。さあ、早いとこGMを解放してあげましょう」
言われて、俺はスマホのアプリを立ち上げて解答を入力する。
見事正解となり、鍵の開く音が聞こえた。
…………ごくり、と喉の音が東堂さんに聞こえてないことを祈る。
俺と羽場は互いに見合わせていた。
いやいや、ここで先ほどの忠告を無視してカーテンを開けるなどという犯罪は犯すわけがない。
ただ、このカーテン一枚を隔てた奥に下着姿の東堂さんがいると思うと、なぜか思うように足が動かないだけだ。断じて、何かの拍子を期待しているわけではない、断じて……。
――――シャッ!
と突如としてカーテンが勢いよく開放された。
「うわっ!」
「きゃっ!」
「…………いや何してんのよ、二人とも顔を背けて」
カーテンの奥には、下着姿の東堂さんは居なかった。
薄めのカーディガンを羽織り、動きやすそうな白いストレッチパンツを履いた、私服モードの彼女は呆れたように言う。
「着替え終わったから出てきただけでしょう。着替えは中に持っていたのよ。さっきまではちょっと、下着だけだったけど……」
「あ、そ、そうなんすね~」
「よかったですね~」
「いやなにが良かったのよ……まあ、開けてくれてありがとう」
ほっとしたような、残念なような……。
ところで、と彼女は俺たち二人を見る。
「二人とも、その恰好はなに?」
「あ、そうすよ! GM、どっちの方がセンス良いッスか? ちょっと勝負してて、GMに決めてもらいたいんす」
意気揚々と羽場が問う。その返答に、東堂さんは一切の時間を要さなかった。
「いやどっちもダサいけど……」
「「ええ!?」」
これにはダブルショックだった。「ど、どこがすか?」と恐る恐る羽場がきく。
「樫村くんは……シンプルなものを選ぶのはいいんだけど、シンプルすぎ。上下真っ黒で、不審者かと思われるわよ」
な、なんだって……。
俺が選んだのは黒シャツと、ストレッチパンツというのか、シルエットがシュッとしたやつだ、黒の。
ちなみに靴も暗めのスニーカーである。
シルエット感が出て良いと思ったのになあ……。
しかし、羽場の評価に関しては同意見だった。俺も最初みたときはマジかと思った。いや思い出せば口に出していたな。
東堂さんが言いにくそうに口ごもる。
「羽場くんはね…………えーと、なんでパーカーを三枚重ねて着てるの? え、いまはそれが流行ってるの???」
「え、良くないですか? やっぱ人の目には3色がオシャレに感じられるっていうか。緑、黄色、赤ってこのバランスがね」
「いやもうそれ信号機じゃん」
羽場は、圧倒的にセンスがダサかった。
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