第8話 隔てた先にこころ在り

 着替えも済み、俺たちは行動を開始した。

 といっても、まずは行動可能範囲の探索である。


 今のところ俺と東堂さんで把握できているのは、2Fだとモール事務室、休憩室、このショップ、それらを結ぶ通路くらいだ。もちろん通路は多方面に伸びているのだが、事務室・休憩室を含むバックヤードではほとんどがシャッターで閉じられていた。


 そして羽場が昨日寝て過ごした1Fの商品管理室周りを探索してみたが、これといって収穫はなし。すぐ傍でシャッターも降りており、『謎ボード』も見当たらない。商品管理室から階段までの通路には農産加工場や冷凍庫もあるが、どれも閉じられていた。

 唯一の収穫といえば、モール事務所に一度戻り、羽場のスマホを回収したことくらいだろう。羽場の言ってたことは、適当な嘘ではなかったことが証明された。

 そしてやはり、羽場のスマホにも例のアプリがインストールされていた。


 こんな遊びに付き合わされているのは、俺と東堂だけではないということ……。


(でも、じゃあなんであんな【条件】なんだ……?)


 俺に東堂を惚れさせろというから、俺たち二人だけを弄んでいる可能性を想定していた。どういうつもりなのか、さっぱりわからない。



 ――と、こんな感じで色々行き詰まりをみせたため、改めて2Fの探索に俺たちは踏み入った。

 時刻は午後二時ごろ。

 休憩室のコンビニで調達した昼食を済ませ、俺たちは建物でいう2Fの南側を歩いている。



 歩きながら、俺たちの会話は「目的地」の話となった。


「目的地の目星はついてるっしょ」


 そんなことを羽場が言う。「どういうこと?」と東堂さんが首をかしげる。


「初日の変な放送。あれを流せる場所は館内でも限られているはずッス」


 そうだ……身の回りで不思議なことばかりが起こっているから見落としていたが、首謀者のアナウンスはちゃんと天井のスピーカーから発せられていた。


 客用フロア、バックヤードともに共通の回路が通っており、主にイベントの情報、お客様の呼び出し、緊急時は避難案内放送が流れる仕組みだ。


「たしかにそうね……放送ができるのは、ウチの事務所とインフォメーションカウンター……そして」


「防災センターか……」


 館内には唯一、防災センターが設置されている。主に警備員と設備員が詰めており、従業員出入口傍に配置されているために従業員の入退館チェックや、館内の防犯カメラの確認・操作、各設備のセキュリティ管理が行われている、もはや館内オペレーションの心臓といってもいい部屋だ。


「防火戸とかシャッター閉めるのも、防災センターからだと操作の都合が良いッスよね」


「…………首謀者が、防災センターに居るって言いたいのか」


「その可能性が高いってことすよ。インフォのほうに行っても構わないッスけど、でも防災のほうが出口と直結だし」


「いや……目指すなら、防災センターだろう。理にかなってる」


 商品管理室の傍のシャッターが開けば、位置的には防災センターはもう十数メートル歩いた先だというのに。これまたシャッターが行く手を阻んでいたのが悔やまれる。


「おっ、樫村さんが賛成してくれるのは珍しいッスね~。ようやく俺のこと信用してくれました?」


「うるさい引っ付くな」


「なに、二人とも喧嘩してたの?」キョトンと東堂さんが言う。


「男の話ッスよ、男の。気にしないでください」


「むぅ、そうやって除け者にしないでちょうだい……」


「……やべぇ、あのたまに寂しそうになるの、ちょっとキュンときますね」


 羽場が俺にだけ小声でいう。やめろわかるから。


「除け者になんてしないッスよ~! せっかく三人だけなんだし、いまのうちに三人だけの秘密の話でもしましょう~」


「なんだよ三人だけの秘密って……」


 そんな折だった。

 目の前には通路を阻むようにシャッターが降下している。



 その奥からわずかに声が聞こえたのだ。



「誰かいるの……?」



 女性の声だ。


「!? 誰かいるんすか!」


「その声……羽場くん!? もしかして、そっちにいるの!?」


 ガシャン、とシャッターを何度も叩く。俺たちはその声に聞き覚えがあった。


「……佐倉さくらさん!? 佐倉さんなのね!!」


 東堂さんが応答する。

 ――佐倉さくらこころ、俺と同じモール事務所のオペレーション社員だ。


「はい、そうです……! よかった……」


「佐倉さん、いまからそっちに向かうから、そこで待ってて!」


「ま、まってください。そっちの通路、たぶん行けないです。さんざん出口を探したんですけど、みつからなくて……ひゃあっ!?」


 言葉の途中で、彼女は嬌声を上げた。


「大丈夫すか!?」


「だ、だいじょうぶです。ちょっと腰を抜かしてしまって……あはは、すみません」


 他の人と会えて安心したのだろう。しかし、このシャッターをどうにかしない限りは実際に会うにも会えない。


 ……そうだ。


「佐倉さん。そっちに変な形のボードは見当たりませんか?」


「……その声、もしかして樫村さん……?」


 怪訝な反応だ。俺だとマズイのだろうか……。


「あ、えーと……あります。なんかシャッターに付いているものが」


『謎ボード』だ。なるほど、同じ一枚のシャッターでも、片方側にしかボードがないのか。となれば……。


「ちょっと、読んでもらえませんか。その謎を解くことでシャッターが開くかもしれないんです」


「え、あ、わ、わかりました……」


 おどおどした態度で、佐倉さんは続ける。


「ええと……『1分の1足す1分の1は』……」


 俺は彼女の声を聴きながら、ふところに忍ばせておいたメモ帳に書き連ねていく。

 なかなか、ひとの言う言葉を書ききるというのは難しいな……。

 こんなものだろうか。



  1/1 + 1/1 = ミョウチョウ 


  1/2 = アス


  1/3 = キカン


  1/? = シロクマ


  ?に入る数字を答えよ。

                      』

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