第9話 指のあいだは何センチ?

  1/1 + 1/1 = ミョウチョウ 


  1/2 = アス


  1/3 = キカン


  1/? = シロクマ


  ?に入る数字を答えよ。

                      』


「んん……? また変な数式ッスねぇ……」


 羽場が首を傾げる。東堂さんも右に同じだった。たしかに、数式と捉えては答えにはたどり着かないだろう。


「分かった。答えは『1』だ」


 そう俺がいうと、今度こそ本当に度肝を抜かれたように二人が振り返る。


「マジすか!? いやいやいや早すぎッスよぉ……」してやられた、という感じに羽場は悔しそうにする。「あ! 解き方、まだ言わないでくださいよ。ちょっと考えますんで……!」


「わかったよ。じゃあひとまずシャッターだけは開けておくからな」


「くう……わ、私も! 頑張って解いてみるわね!」


「がんばってください」


「素っ気な! ゼッタイ期待してないでしょぉ!」


 その言葉の期待通りですよ。

 さて、俺は自分のスマホを取り出して、『1』と入力して送信してみる。


「……あれ」


 シャッターは反応を示さなかった。答えが間違っていたのだろうか。そういえば、間違った答えを送ったらどうなるのか、まったく検討していなかった。なにかしらのペナルティが課せられる可能性もあるというのに、うかつだ。


「もしかしたら……。――佐倉さくらさん」


「は、はい」


「佐倉さんのスマホに、変なアプリがインストールされていたりしませんか?」


「あります。なんか放送で言ってたやつですよね……」


 あの放送を聞いていたらしい。ということは、俺たちと同じタイミング、もしくはそれ以前でこの建物に閉じ込められたわけか。


「かし、樫村さんが言ってた『1』って送信すればいいんですよね?」


「はい、試してみてください」


 すると、数秒後にシャッターがゆっくりと上昇し始めた。

 どうやらボードのある側から回答をしなければならないようだ。面倒なことこの上ない。


 しばらくして、向こう側の通路が見え始める。同時に、佐倉こころの姿も現れた。

 彼女はこちらを認めると、真っ先に東堂さんの胸に飛び込んだ。


「GMっ!」


 腰を抜かしていたはずだが、そんな疲労も置き去りにする勢いだった。よほど今まで心細かったのだろう。


「わっ、と。佐倉さん、無事でよかった……」


「GMこそ、ご無事でなによりです……!」


「ええ、二人に助けられっぱなしだけどね」


 当の二人のうちの一人は、いまだにぐるぐると頭を回転させている最中だが。

 羽場はその場に胡坐をかき、目をつむっている。


「んむむむむむ~……………………はっっ!!」


 目を見開いた。どうやら解き方が分かったようだ。


「これ、分数じゃなくて日付ッスね!?」


「そうそう」


「え、どういうこと?」


 東堂さんがきいてくれたので、さすがに無視はできない。だが俺が口を開こうとすると、羽場が制してきた。どうやら自分から考えを提示したいらしい。


「”1/1”は”1月1日”って読めるんスよ。でもこれは、日付であっても日付を意味しない」


「意味しない……?」


「”月”が1つ、”日”が1つ――と読めます。そして右辺のカタカナは漢字に直して、ミョウチョウは”明朝”となります。気付くと思いますが、その文字のなかに月が2つと日が2つ入ってますね」


「……そっか、それで1月1日+1月1日っていう式になっているのね。合わせて月が2つ、日が2つ……」


「この解き方で、2行目は”1月2日”……”アス”は”明日”で、月が1つと日が2つですよね」


「ということは……3行目の”キカン”は”期間”ってことね」


「問題の”シロクマ”ですが、”白熊”となって、1/1で表せるんで、答えは『1』ッスね!」


 自信満々に羽場が言う。が、すぐにしょんぼりしてしまう。


「いやぁ……樫村さん早すぎません? 普通もっとローディングかかりますよ」


「偶然、法則性を見つけただけだよ」


「うわぁ感じ悪ぅ」


 そんな感じに映っちゃうか……。




 謎も解け、また新たに一人と合流できたこともあり、いったん探索は休止とした。


 やはりというか、佐倉はこれまで一人で行動しており、他に人を見ていないという。それまでの孤独と恐怖、そして知り合いと出会えた安心感で疲れがいっきに出たのか、さきほど腰をぬかしていたのもぶり返し、いまはソファでゆっくり休んでいる。


 また、東堂さんと羽場はトイレ休憩に行ってしまった。シャッターを開けた少し先にちょうどあったためである。


 そんなこんなで、いま、俺はソファに腰かけながら佐倉こころと二人きりになってしまった。


 ……話題が見つからない。


 と勝手に気まずく感じていたら、佐倉のほうから話しかけてきた。



「かっ、樫村さん、結構頭良かったんですね」


「え、あ、ああ、いやそんなことないですけど……」


「意外な特技でした。カッシーさんは……あっ」


「カッシー?」


 ……え、なにそれ。もしかして俺のこと……?


「す、すみません。全然、悪口とかじゃなくて、愛称というか、えっと」


「そんな風に呼ばれてるんだ俺……あ、僕」


 言い直すと、ぷっと佐倉さんから笑みが零れる。


「俺でいいですよ別に。その代わり、カッシーって呼ばせてもらいますから」


「あ、ああ……」


 思わず首肯してしまった。なにその、アダ名呼びを自然に許諾してもらう技術。こんど使おう。


 俺の方こそ、佐倉さんに対して意外な発見だった。

 佐倉こころとは、学校で例えるなら教室の隅でいつも本を読んでいるような。

 図書委員になりたいが手を挙げることができず、勝手に美化委員に任命されているような、物静かな女性だと思っていた。

 そのイメージは基本は捉え間違えていないのだが、ふとしたときに見せるアクションの勢いというかパッションというか、思わぬ活気が垣間見える。


 こういうのはきっと、近くに寄らなければ目に入らないのだろう。


 ただ、俺が言えることじゃないが、コミュニケーションは苦手なほうのようで、話題を探り探り出してくる。彼女はその長い髪をいじりながら、俯きがちにきいてくる。


「えっと……カッシーさんは、女性の身体だとどの部位がお好きですか?」


 ブッ!! と水分補給で飲んでいた水を思わず吐き出しそうになる。

 なんだその話題は。何を言っても変態と罵られそうなオールバッドエンド問題じゃないか。


「わ、深く考えないでください……ほんとに、ただの興味なので」


 どんな興味だ……。そっちのほうが気になるが、まあ、質問されたら答えるのが道理だろう。俺は少し悩み、


「……手、かな」


「……手、ですか。ちなみになんでですか?」


「一番身近で……男の俺と、決定的に違うなって感じられるからかな。そりゃもちろん人それぞれ個体差があるけど、男性と女性とでは、そもそもの進化してきた用途が違うように思えるというか」


「へえ……」


「あ、でも、男性のほうが身長が高い割合が大きいからそう思えるだけで、実際は体つきに個体差はあまりない……みたいな話もあったりして」


「そうなんですか。でもぜったい、男のひとの手のほうが肉付きあるように思えます……ほら」


 そういって彼女は手の平を広げて差し出してきた。

 比べてみろということなのだろう。俺もパントマイムのように、左手を広げてみせてみる。


 その手の平の間には、数センチの距離があったはずだが。


 ぴと。


 彼女のほうから、手を合わせてきた。


「!?」


「ほら、全然違いますね。これもやっぱり、私のほうがカッシーさんより身長が低いからなんでしょうか」


 もう、目の前の人の考えていることがわからない。正体不明。意味不明体だ。


 最近の人はこんなにも他人との距離が近いのか? 仕事の同僚でこんなことして、普通なのか? ぷにぷにしていて、やわらかい。……俺の胸中は、まるで中学二年生くらいに戻っていた。


 そこからさらに、彼女は自分の手を少しずらし、俺の指の間に自分の指を滑り込ませた。


「ふふふっ」


 見た限りでは、何の裏表もない、変な発見を純粋に楽しんでいる少女のようだった。




 ――そんなタイミングで、事態は急変する。


 俺たちとトイレを挟む通路のシャッターが、突如として降りてしまったのだ。

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