第3話 前からこんなのありましたっけ?

 バシュゥッ!! となにかがショートしたような音が部屋中に響き渡った。


 最初の異変は、事務所の電気が消えたことだった。


「なにっ……停電……!?」


「…………復旧しないですね」


「樫村くん、無線で確認をお願い!」


「はい……!」


 俺は合わせ机の中央に置かれた無線機の子機を手に取ると、チャンネルを合わせて呼びかけた。


「こちら事務所樫村、防災センターとれますか!」


 応答がない。


「防災センターどうぞ! …………もしかしたら、現地も対応が追い付いてないかもしれません」


「ネットのほうも……電波悪いわね。ひとまず地域停電かどうか外見てきてもらえる。私は防災センターに向かいます」


「わかりました」


「……!?」


 そこで、東堂さんの表情が一変する。

 事務所の戸に手をかけたまま、そこから動こうとしない。……いや。


「どうかしましたか!?」


「扉が……開かなくて」


「代わります」


 俺は東堂さんと位置を交代して、その戸に手をかける。

 力強く横へスライドさせようとするが、びくともしない。まるで接着剤かなにかで貼りついてしまったように。

 なんだこれは……?


 俺は次に、事務所の窓を開けようとした。しかしこちらも同様だった。さらに不思議なことに、窓越しに外の風景をみることが出来ない。すりガラスではないはずなのに、景色がぼやけてしまう。


「なにか……何かがおかしいです」


「落ち着いて。いまの状況を確認しましょう」


「はい……」


 こういう異常事態を何度か経験したことがあるのか、東堂さんはいたって冷静だった。自分たちの置かれた状況を冷静に分析していく。


「未だに通電されてないということは電力会社側の不具合かウチのOCRが作動したか……予備線にも切り替わってない? いえ、そもそも非常用発電機が動いている気配がない」


「なんか難しいこと言ってる……」


「保安教育したじゃない」


 覚えてないとは言えなかった。


「まあ、こんな夜中ならすげー運転音響きますもんね」


「それに、非常灯も誘導灯も点灯していない」


「? 確かにそうですね。でも停電してるし……」


「停電すると、内部バッテリーがあるから自発的に点灯するようになってるの」


「詳しいですね……。でもそれじゃあ、バッテリー切れ?」


「ついこの間消防点検も建築設備点検も行ったはず……どうして?」


 話をしていると、俺はだいぶ気持ちが落ち着いてきた。一方で、これまでにない異常事態で彼女のほうが混乱に陥りそうになっていた。


「……もう、そういう次元じゃないかもしれないですね」


「どういう意味?」


 額に手を当てていた彼女が、こちらを見た。その表情に余裕はない。俺は少しひるみながらも、彼女の気がまぎれるように話す。


「扉も窓も開かないし、俗にいう『閉じ込められた』って状況ですよ。正直ありえないようなことばかり。第三者のイタズラかなにかって考えたほうがいいですね」


「イタズラ……? はぁ……あなたよく冗談言えるわね」


「これが体育倉庫だったらまだ良かったんですけどね」


「あなたよく冗談言えるわね」


 二回も言われてしまった。さすがにおふざけが過ぎてしまったかもしれない。

 しかし冗談も言いたくなる。扉が急に開かなくなるなんて、ちょっと本気でびびりそうだからやめてほしいんだが。間違ってカギ閉まってた☆とかなんとかじゃないだろうな……。


 俺は扉を調べるべくスマホで明かりをつけて、取っ手や鍵穴などを観察してみる。


「……ん? なんだこれ」


「なに、開きそうなの!?」


「いえ……。すみません、こんなのって前からありましたっけ」


 聞いておきながら、あるわけがないと確信していた。それはあまりにも、この事務所に不適応でいびつな装飾で施されていたからだ。


 長方形のボードが、扉の目の高さに掛けられている。しかしボードを挟み込むように獣の牙が飾られており、まるで魔王城からでも持ち込んできたようなものだった。


 そのボードには、こう書かれていた。



 果敢 + 金貨 = 監禁


 土手 + 遺伝子 = 停電


 雇用 + 姑息 = ?


 ?に入る言葉を答えよ。

               』



 東堂さんが、自然と声を漏らす。

「なに……これ……?」


 一方で、俺は確信していた。


「ひとつ、わかったことがありますよ。――この事態はあきらかに人為的で、イタズラめいたものだって」

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