第4話 謎解きはお得意ですか?

 果敢 + 金貨 = 監禁


 土手 + 遺伝子 = 停電


 雇用 + 姑息 = ?


 ?に入る言葉を答えよ。

               』



 こういった文章に、俺は既視感があった。


「なにこれ……暗号?」


 わかってないのだろう、東堂さんが俺の肩越しに覗き込んでくる。もちろん俺の背中に対してスペースを空けているとはいえ、彼女の良い匂いは鼻までちゃんと届いている。どうして異性の匂いってこんなに気になるんですかね。


「これはおそらく――謎解きってやつです」


「謎解き? 事務所の誰かの趣味なのかしら」


「もしそうだとしたらオペマネですよ」


「いま嫌いなひとを適当になすりつけなかった?」


 そこまで思考を読まれているとはさすがGM、いやさすが幼馴染。恐れ入るぜ。

 彼女は続ける。


「櫻井オペマネは事務所の中でも尖るほどの誠実さを持っています。出退勤のマグネットは他人の分まで整えるし、机の上の観葉植物も彼がお世話をしています。自らすすんでこのような変な仕掛けは仕組まないでしょう」


「思ってたよりしっかりした考察のうえの否定だった……。けど、あんまりマトモに考えないほうがいいかもですよ。趣味のイタズラにしてはやりすぎですからね」


「そうよね……、う~ん」


 そう唸りながら、彼女は不気味なボードをじっくり睨んでいる。あ、客絡みの厄介案件が舞い込んできたときによくする顔だこれ。本人に故意はないだろうが、これがなかなか凶暴で、仕事中も他の社員をビビらす一因となっていることを彼女は知らない……。


「うう~……ん?」


 ……あれ。これは……。


「どうかしましたか」


「いえ、気になってね。こんな事態だけど。……難しいわねこれ」


「え?」


「え?」


 思わず見合わせてしまった。あまりにその距離が近くて、俺はつい恥ずかしくなり彼女から一歩だけ離れる。


「難しいですか」


「な、なによ、もぉ……。もしかして馬鹿にしてる?」


「いえ……東堂さんならスッと解けちゃうんだろうなと思ってたので」


「東堂、ジー、エムッ」


「……東堂GM」


「あなたは解けたの?」


「ええ、まあ……」


 気まずく俺が相槌をうつと、彼女は「嘘っ」と嬌声を漏らし、しかしその後に続く言葉はなかった。

 ……まあ、普段の彼女からして人に聞けないよな。ここで「答え教えましょうか」なんて問うた日には顔真っ赤にしてプルプル震えながら、しばらく問題とにらめっこしてやがてか細い声で「お願い」なんて言うんだろうな最高じゃねえか。

 だが妄想に過ぎないし、この緊急事態で何度もおちょくってたら信頼を失いそうな気がするので、俺はしれっと答えをいうことにした。


「答えは『ようこそ』ですね」


「……なぜ?」


「えーと、法則性があって。式にある二つの単語をまずそのまま並べてみます。そしてひらがなに変換してみれば……」


「ひらがな……ああ!」


「両端を一文字ずつ削除したら、イコールの後の単語になりますね。果敢金貨→かかんきんか→かんきん→監禁って感じです」


「なるほど……それでふたつめは、土手遺伝子→どていでんし→ていでん→停電ってなるのね」


「はい。そしたら最後は?」


「雇用姑息→こようこそく→ようこそ……『ようこそ』! 樫村くん、やるじゃない」


 ううむ。そう真正面から褒められると、こそばゆいな……。


 謎解きでいえばまだ初級のレベルなだけに、これで終わるとは思えない……そしてこのメッセージ――。


「……で、これは解いたらなんになるのかしら」


「そうですね。そもそも回答する手段もありませんし」


 ――そう言った瞬間、暗闇の中ライトとして扱っていたスマホが震えた。

 謎のアプリがインストールされている。それは勝手に起動し、スマホの画面には真っ黒な言語入力画面が表示された。


「……入力ってあるわね。これで答えろってこと?」


 東堂さんのスマホにもインストールされたらしい。二人同時に、しかも勝手に。さすがに血の気が引いてきた。


「東堂GM。やばいですよ、なんか」


「そうね。でも、やってみるしかないでしょう」


 こういう時ノータイムで思い切った判断ができるのが、指導者としての器なのだろう。


 東堂さんは迷わず自分のスマホに先ほどの回答を入力する。

 エンターキーを押した――その直後。


 ガチャッ! と。


 扉の鍵が開く音が響いた。

 ……鍵?


「あ、ほら! 開いたわよ!」


「ほんとっすね……」


 最初にこの扉を開けようとしたとき、鍵がかかっているようなものではなかった。まるで扉が壁と一体化したかのように、ガッチリ固定されていた感触だったのを覚えている。

 ……ただならない、不思議な力が関わっている気がしてならない。


 そして。

 その不安を煽るように、不気味な声が天井のスピーカーから這うように降ってきた。



『お楽しみいただけてるかな?』

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