第5話 魔法って冗談ですよね?

『お楽しみいただけてるかな?』


 中性的な声だった。ボイスチェンジャーでも使っているのだろうか。

 まるで高みの見物、俺たちを手のひらの上で転がしながら嘲笑うかのような喋りで、その声は続ける。


『君たちはいま、このショッピングモールに閉じ込められている。今いる部屋だけじゃない、このやかたぜんぶだ。そこで目下、君たちの目的はこの館からの脱出だと理解してもらいたい』


「……樫村くん、なんなの、これ」


「わかりません。ですが、いったんはこの放送を聞きましょう。なにか手掛かりになるかも」


『脱出するためには解いていかなければならない”仕掛け”が、このショッピングモールには多数用意されている。君たち持ち前のその頭脳で、この”仕掛け”を解いていき、脱出する。わかったかな? そして無論、その方法以外では脱出できないようになっている。窓ガラスを割ろうとしても、ドアを蹴り破ろうとしても無駄だ――私が、魔法をかけさせてもらったからね』


「……魔法、だって? ふざけてやがる」


『仕掛けは大半が解答式だ。僭越ながら皆のスマホにアプリをインストールさせてもらった。解答はそちらに入力してもらう。おっと、試そうとして気付いた者もいるようだが、ネットや電話で外部と通信しようとしても無駄なのでご了承願いたい』


 さっき、東堂さんがネットで停電情報を見ようとしたことか。


『最後に私の目的を伝えておくと、最初に問うたように、君たちにこのゲームを楽しんでもらいたい、その一心だ。では、健闘を祈る』


 ――そこで、放送は切れた。

 停電は復旧せず暗闇のまま、静寂が降り、恐怖が込み上げてくる。


「樫村くん」

 先に話しかけたのは、東堂さんだった。

「あまりにも異常で、私たちの理解を超える緊急事態だということは、頭で分かっていますね?」


「はい。……いやまあ、まだ追いついてない感じですけど、わかります」


「じゃあ、まずは腹ごしらえしましょう」


 出てきたのは突拍子もない言葉だった。「はあ?」と上司相手なのについ声を漏らしてしまう。


「落ち着いて情報を整理したいわ。考えるためにエネルギーも必要だし、どこかで食料調達したくて」


「ま、まあそうっすね……俺たちこんな遅い時間まで残業してたんだし」


 時計を覗くと、てっぺんを超えそうな勢いだった。


「でもいいんですか、こんな時間に食べて。お肌に悪いですよ」


「秒でデリカシーをどっかにやるの、得意技なの?」


 うぅん、デリバリーなら得意ですがね。


「テレパシーで飛ばさないで」


「やったつもりはねぇなんで聞こえてんだ」


 完全に地の文を読まれていた。だが冗談が言える余裕があるのは朗報だとしよう。


 さきほど開いたドアの奥をスマホのライトで照らしてみる。左右に通路が伸びており、先は真っ暗で見えなかった。

 正直、真夜中の学校のような不気味さがあり、先に進みたくはないが……。


「……行きましょうか、樫村くん先頭でね」


 そうもいかないらしい。

 怖がってるのは可愛いんですが、ちょっと、あまり押さないでくださいね?


 通路に出て、すぐ隣の部屋を確認する。扉には『従業員用休憩室』と掲示されている。ここにはテーブル、イス、ソファさらにベッドと安らぐスペースがあるうえ、自販機、そしてコンビニも隣接されている。食料調達にはもってこいだった。


「げ……」


 そして、扉にはもうひとつ。見覚えのある特徴的なボードが掛けられていた。



 虹色とエメラルド色と深緑色を混ぜると、赤色になる。


 灰色と橙色とラベンダー色と深緑色を混ぜると、金色になる。


 では、青色と赤色と橙色と白色と濃紺色を混ぜると、何色になる?

                               』

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