第3章 火花散る

第1話 彼は何者であるか、答えよ。

 樫村龍之介さんは、私の少し上の先輩だ。


 同じ会社に所属し、同じ職場で、同じオペレーション部で勤務する。そのため赤の他人よりは、私の方が彼のことを知っているだろう。


 ……当たり前か。


「ちょっと休憩するか?」と彼が問いかける。


「結構歩きましたね……でも大丈夫です」


「そっか……」


「……もしかして、カッシーさんのほうが休みたい感じですか?」


「ん? ……いや。大丈夫だよ」


「そうですか」


 なんて、掴みどころのない会話。こんなくだらないやりとりですら、いままでやってこなかった。


 この人の観察日記なんてものをつけようとしたのは、最初は女子の間での悪ふざけだった。謎の生物カッシー。他人との交流を避け、昇進にも興味なく、ただ飄々とこの事務所に居座る彼は、一体何者なんだろう。


 観察していくうちに、色々面白いことが判明していった。


 特ダネはやはり、あのゼネラルマネージャーと同郷で育ち、歳も同じで、幼い頃からともに育ってきたのだということ。

 かたや建物のトップで、かたや平社員。肩書きなんて私は興味ないけど、彼らはその人間性すら両極端だ。

 二人の運命を別った原因はなんなのだろう。


 気になって気になって、女子の間でカッシー日記への熱が収まりつつも、私は観察を続けた。


 気になる。


 彼は一体どういう人物なのだろう。


 はたと気付いた。こんなに一人の個人に対して興味を抱くなんて、学生時代のときにいた彼氏以来だ。ああ、苦い思い出が蘇る。


 じゃあこれは恋愛感情? いいや、違う。ただの興味。それ以外にない。




 ――そうだというのに、こんなメール送られたって、どうしろというの。




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 佐倉こころ さま


 このショッピングモールから脱出するための条件は


 【樫村龍之介と恋仲になること】である。


 この条件が彼に知られた際、あなたは永遠にここから脱出できなくなる。


 条件が達せられたとき、脱出のカギを与える。


 以上

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 本気になんて、するわけないじゃない。


 するわけない、けど、この人の心の内を知りたいという欲求は、私の中で抑えられないほど膨張していた。


 さっきも、初めて手に触れてみたけど、面白い反応があってぞくぞくした。


 やっぱりこの人は、まだまだ飽きない。


「やっぱり、残るはこのエレベーターだよなあ……」


 気づくと、私とカッシーさんはバックヤードのエレベーターホールに来ていた。

 東堂GM・羽場くんと分断されてから、どうにか向こう側へ移動できないか探索してみたものの、目ぼしい成果が見られなかった。


「向こうのチームも、別の階に移動している可能性。どうかな?」


「有り得るんじゃないですか。向こう側には客用エレベーターもありましたし。どのみち他の選択肢がなければ、行ってみるのもアリかと思います」


「……そうだね」


 恐る恐る、といった感じで彼はボタンを押した。どうやら下行きは反応せず、上の階にしか行けないらしい。

 バックヤードのエレベーターは「チン」という音は鳴らない。静かに扉が開いて、私たちは吸い込まれるようにその箱に乗り込んだ。


「これ……もう屋上が押されてる」


 RFと書かれた表示のランプが点灯している。扉が閉じた。

 次の瞬間、聞いたことのある禍々しいアナウンスが流れた。音源は、エレベーターが緊急停止や閉じ込め等発生したときに使用される、緊急連絡のスピーカーからだ。




『こちらのエレベーターは、これから上昇を続ける。そして、私がこれから出題するなぞなぞに声で回答し、正解し続けることで最上階にたどり着ける。不正解および時間切れはこのエレベーターの機能停止、加えて封鎖を意味する。制限時間は5秒だ』




 アナウンスを聞き終わったあと、カッシーさんはがくっと膝から崩れ落ちるように落胆していた。

「またやっちまった……そうだ、こういう閉じ込めがあるんだった……勉強しねえな俺……」


「えっえっ、5秒て……短か!? そんなの無理でしょう!」


「はー……、やるしかねえな」


 なに、この人やる気出してるの!? いやいや無茶苦茶すぎるし、こわ!


 そうやって私がパニックになりながらも、エレベーターは待ってくれず起動を始めた。


 ゆっくりと上昇する。ランプは「2」を点灯させている。この建物は1~3Fまでがショッピングフロアで、4,5Fは屋内駐車場、そしてRFの屋上駐車場となっている。


『――問題①。台所にイワシを5匹置いておきました。すると、猫が窓から入ってきて、イワシを1匹くわえてきました。いま台所にはイワシは何匹?』


「6匹」


 カッシーさんは即答した。

 えっ? 猫が盗っていっちゃったから4匹じゃないの?

 しかし彼の答えに、アナウンスは「正解」と答えた。

 ランプが「3」に移る。


『――問題②。英語でいうと、ウマはホース、ゾウはエレファント、ではカッパは?」


「レインコート」


『正解』


 え、どゆこと。それに、なにその回答速度!?

 ランプが「4」に移る。


『――問題③。な+1=ち。ふ+1=ら。ではたー1=?』


「く」


『正解。――問題④。羊がとある方角を向くと、人間になってしまった。どの方角?』


「東」


『全問正解だ。おめでとう』


 ガコン、とエレベーターは停止し、ランプは「RF」を点灯させていた。扉が開くと、屋上の狭い物置となってしまったバックヤードに出る。


「す、すごい……一体……」


 一体、何者なの――この人。


「はぁー……緊張した。さあ行こうか」


「え、あ……は、はい」


「それとも、ちょっと休憩しようか?」


 何事もなかったかのように、ぎこちなく笑みを浮かべる彼を、採光窓から差し込んだ光が優しくまとった。


「え、えーと、あはは、そうですね……?」


 この人のことが、もっと知りたい。



 これはただの興味。



 決して、恋愛感情なんかじゃないはずだ。










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※各なぞなぞの解説については、次回記載いたします。

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