第7話 利己心、それとも?

 休憩室には、もちろん人の気配などはなかった。

 一番最初に目に入ってきたのは――机の上に置いてある、2本のお茶。

 さきほどの謎解きの回答にかけているのか、だんだんと馬鹿らしく感じてくる。


 ピコンと、俺と東堂さんのスマホがなにかを受信した。

 この閉じ込めの首謀者からのメッセージだった。


『慰労の気持ちを込めて。どうぞお召し上がりください』


 気味が悪すぎる……なにがしたいのだろうか。


「――!」


 同時に、休憩室の電気が点いた。壁に並んでいる自動販売機も起動し始め、空調も効き始めたようだ。受電設備が復旧したのだろうか――いや、そんな単純な理屈で起きてるのだろうか?


「……ひとまず、落ち着けるみたいね」


「そうですね……」


 暗闇というのはめっぽう精神をすり減らすようだ。移動した距離はさほどないのに、外をランニングしてきたかのように身体が疲労しているのがわかる。

 それだけに、目の前の飲み物は魅力的に目に映った。


「いただきましょうか。危害を加えるつもりはなさそうだし」


「まあ……いいですけど」


 俺たちはペットボトルの蓋を開け、ごくっ、ごきゅっと水分を一気に補給していく。

 ……気分が落ち着いてきたところで、俺たちは椅子に腰かけた。


「いったい……なにが起きてるのかしら」


「分かることと言えば、俺たちは閉じ込められたということ。謎解きをこなさなきゃ脱出できないこと、首謀者がいること、何か……不思議な力がはたらいていること」


「ほかの――従業員のみんなはどうしたのかしら」


「俺たちと同じような目に逢っているか。もしくは、俺たちだけが隔離されているかですね」


「隔離?」


「いつのまにか俺たちはまったく別の場所に瞬間移動していて、ここはウチの職場と瓜二つなだけ、ってことです」


「漫画みたいな話ね」


「正直俺も現実に起こってると思えませんよ。夢であってほしい」


「こんな夢を見ちゃう自分に絶望するわ」


「ですよね……」


 しかし、首謀者のあの放送は俺たち二人だけに向けられたものと断言はできない。”皆”という単語も使っていた気がするし、あながち前者の予想は当たっているのかもしれない。


「当面の目標は、食料調達しながら生き延びつつ、謎解きしながら他の従業員を見つけることですかね」


「外のみんなの救助は望めないのかしら……明日は大事な会議だったのに……おなかすいた……」


 だめだこりゃ。仕事モードの東堂さんは見る影もない。


「東堂さん……GM! ひとまずそこのコンビニで食べ物いただきましょう! ほらっ」


「うん……いくぅ……」


 ふらふらとゾンビのように、この休憩室内にあるコンビニのほうへ彼女は移動していく。やれやれ、これじゃあまるで中身は昔から変わってないみたいじゃないか……。



 ――そして俺のスマホの例のアプリに、またしてもメッセージが届いた。

「……?」

 しかし、遠目から見た限りでは、東堂さん手にあるスマホには何も表示されていないようだ。

 俺だけに送られているということなのだろうか。


 恐る恐るその内容を確認してみると――驚愕の文章が記されていた。



********************************

 樫村龍之介 さま


 この閉ざされたショッピングモールから脱出するための

 必要条件を伝える。

 

 このショッピングモールから【脱出】する条件は

 東堂菜穂を恋愛的にオトすことである。


 また、この条件が彼女に知られた場合、樫村龍之介の死を意味する。


 以上、お見知りおきを。

********************************


 

「なんだこれは……」

 脱出の条件? 恋愛的にオトす? 俺の――死?

「馬鹿馬鹿しい、ふざけてる」

 ……と簡単に捨ておきたいところだが、いまは只事ではない状況下に加え、非常に興味をそそられる内容だ。


 つまり、東堂菜穂を自分に惚れさせろということだが……。


(できるなら最初からやってるよ!!)


 と口にすることもできず、俺は自分の足を叩く。


 幼馴染で、小さい頃から高校あたりまでほとんど同じ時間を過ごしてきた。

 その積み重ねてきた思い出は、数知れない。

 そして何の奇跡か、同じ会社に就職するはめになった。

 ――これで、意識するなというほうが無理だ。


(だけど……)


 自分が菜穂に見合うとは――。


 ひとまず、おいておこう。

 重要なのはまだある。彼女に知られたら――死。こんなに理不尽な条件があるか。


 殺せるものなら殺してみやがれ。


『信じてないようだ、無理もない。では証拠を見せよう。私には君を殺せるし、その気負いもあるということを』


 メッセージが届いた――その時。


「……ッ、っひゅっ」


 息が……苦しいっ!

 俺は思わず喉を掴む。その手の甲に、蕁麻疹が浮かび上がっている。


『さきほどのお茶二本ともに毒を混ぜた。男女で反応に差がでるタイプだが、やがて死に至らせるだろう』


 コンビニで食品を物色している東堂の手の甲にも、じんわりと蕁麻疹の模様が見えた。――こいつ、本気かっ!?


『解毒剤は傍の自販機にある飲料のうち、どれか一種類だ。選択できるのは1回のみ。さて、お手並み拝見といこう』


 やはりというか、自販機には例のいびつなボードが掛けられていた。

 これを解いて、正解の飲み物を買えということか……!



  解毒して混ぜろ。


  ギドサホムクヘ

            』




「くっ、そ……つまら、ねえ……答えだなっ」


 俺は自販機に小銭を投入し、ボタンを押した――。

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