第8話 そして物語は始まりへ
『
解毒して混ぜろ。
ギドサホムクヘ
』
答えは簡単だ。解毒――つまり”ドク抜き”してやればいい。
残ったのは『ギサホムヘ』。そして
俺は自販機に必要なだけの小銭を投入し、麦茶の購入ボタンを押した。
ガコンッ、と商品が落ちてくると同時、俺は素早く取り出し、中の飲料を口に含ませる。
「――プハッ」
くそ、解毒の必要量はどのくらいだ? 飲んだお茶と同じ量か? そう思考するうちに、呼吸器の痺れがおさまっていくのを実感する。
口に含ませる程度、少量でも効く。
わかった瞬間、俺は東堂さんの元へ駆け寄った。彼女も毒のお茶を飲んでいる。
「東堂GM、これ飲んでください!」
「え、もうお茶はいらないんだけど……」
毒のことを伝えるべきか――否。死の恐怖を彼女に与えるだけではなく、なぜ毒が盛り込まれたか、そして最終的に彼女に知られてはならない”あの条件”にたどり着く可能性もなくはない。
「すっごいおいしいですから!」
「え、PRが下手過ぎる……」
それは営業職じゃない俺に言わないでください!
「それに、あなたが口を付けたものでしょう。……そ、そんなの」
「はっ、汚いですよね! 今拭きますんで!」
「……そうじゃない。もういいわ」
なにかに呆れたのか、彼女は素直に麦茶を受け取ってくれた。その手には蕁麻疹が現れている。彼女に気付かれる前に、治ってくれ――!
ごくっ、と彼女はそれを喉に通していった。
「っはぁ……普通の麦茶だと思うけど。まあ、ありがとね」
「いえ、ありがとうございます!」
「なにがありがとうなのか謎すぎて怖いわ……」
ひとまずは安心だろうか。目に見えて、手の蕁麻疹が薄くなっていくのがわかる。どんな調合をされているんだ……。
ただ、言ってることに信憑性を持たせるためにここまでやるとは。
提示した【条件】の通りいつだって俺を殺せる、そういうことだろうか。
きっと、遊びでは常人はこんなことはしない。それだけ本気なのだと思う。しかし、この首謀者が常人だという根拠もない……。
俺はその首謀者について考えを巡らせた。
ここまで個人に執着してくるとなれば、俺の知り合いである可能性が高い。そして俺の交友関係は狭いことから、おのずと人物は絞れていくはず。
もしくは、東堂さん側の知人か。俺と東堂さんの進展を条件に含めるということは、そっち絡みでなにかしらトラブルを抱えていたり……なんて。
そして、これらがブラフであり、まったく無関係の第三者が余興のために催しているだけという可能性。
「頭が痛くなるな」
今の段階では考えるだけ無駄なのかもしれない。目の前のできることからひとつずつこなしていけば、おのずと正解にたどり着くだろう。
(でも――そんな悠長でいいのか?)
奴はタイムリミットについては言及しなかった。
人間ふたりを隔離しておいて、そんな余裕があるのだろうか。明日も明後日も俺たちが姿を晦ませれば、職場関係者にでも察知されることだろう。それなりの人数が動いて、警察が動いて、それでも問題がないということなのか――?
できうる限り、急いだほうがいい。
「東堂GM」
「ひゃい」
彼女はメロンパンを頬張っていた。なんでそんなにかわいいの。お願いですから上司の威厳を保っていてください。
「電気も点いたことだし、動けるうちに、どこまで行動範囲があるか確認してみませんか?」
彼女は食事をやめ、俺と向き合った。
「それが、樫村くんが考える最優先事項ってことね」
「はい。首謀者についても、閉じ込められている仕組みについても、外との連絡手段についても、いまのままでは考えたところで埒があきません」
彼女はしばらく熟考したのち、その首を縦に振ってくれた。
「いいでしょう」
「ありがとうございます。二手に分かれましょう」
「一緒の行動じゃなくて大丈夫?」
「時間も時間ですし、何か見つけても深追いしないということで」
「……この休憩室を集合場所にしましょうか」
「わかりました」
受け入れてくれたということは、少なからず、彼女の中にも焦りがあるということだろう。
いつになったら出られるのか。自分たちに明日はくるのか。わからないのであれば、できるだけの探索はしておきたい。
俺たちは行動を開始した。
そして――時間軸は、休憩室で落ち合ったのち、俺の服の袖を彼女が掴んだところに移り変わる。
彼女は震えた声で、絞り出すようにそう言った。
「…………りゅうくん。お願い……今日だけでいいから、いっしょに寝て……」
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