第9話 少し昔のはなし

 東京都西部に建物を構える『シャイニーモール西多摩店』は、親会社のシャイニーグループが経営権を持つ大型商業施設である。敷地面積約3万㎡、延床面積約7万5千㎡と、グループの保有するモール施設のなかでは中規模だが、建造前は目立つショッピングセンターが無かったこの周辺の住民にとって、いまでは便利でかつ居心地のいい場所という地位を確立していた。


 食品、衣料品、雑貨、各種サービス――様々な企業の店舗を抱え、だんまり賃料をとるのではなく、ともに経営戦略を考え一丸となってこの建物をよりよい場所へと成長させるためのビジネスパートナーとして、シャイニーモール事務所はその二階に一室を構えている。


 そのなかで部門は大きくふたつ、オペレーション部と営業部に分かれており、俺――樫村龍之介はオペレーション部に所属していた。


 各部には一人ずつマネージャーが着任しており――オペマネ、営マネと呼ばれている――それらすべてを纏め上げているのが、統括責任者ゼネラルマネージャー(GM)である。



 そんな職位を務めあげている東堂菜穂は、俺の幼馴染だ。



 実家は隣同士、家族ぐるみの付き合いもあり、幼稚園、小学校とほぼ同じ環境で過ごしていた。


 互いの家に遊びに行ったり、よく公園なんかでボール遊びもした。夏は開放されている学校のプールではしゃぎ、冬の寒空の下でもかけっこして共に息を切らしていた。もちろん自分たち以外の友達も一緒だったが、メンバーはまばらで、俺と彼女はよくセットになっていた。


 異性だというのを明確に知覚し始めたのは、中学に上がる手前くらいだったと思う。運がいいか悪いか、偶然彼女の着替え中を見てしまったアクシデントがあった。あのときの、柔らかそうで繊細な身体は、当時の俺には衝撃的すぎた。


 中学では別々の部活に入り、小学生ほど同じ時間を過ごすことはなかった。俺はサッカー部に入り、彼女は吹奏楽部に入った。下校時間も合わないし、待ち合わせなんかしてたら「付き合ってるの?」なんて噂も流れかねない。


 互いに学校では無意識的に距離を取っていたのかもしれないが、休日では片方のショッピングに付き合ったりと、不思議な関係が続いた。学年が繰り上がり新しい場所、新しい人間関係が構築されていくなかで、俺たちの関係は居心地がよかったのかもしれない。


 高校でも同じ学校へ入学した。その瞬間まではおそらく学力差にそう開きはなかったのだろうと思う。

 俺は遊んでいて、あいつは勉強していた。

 いや、違う。俺は適当に過ごしていて、あいつはもう将来を見据えていたんだ。

 学校ではそれぞれ違うコミュニティに属していながらも、少なくとも俺は彼女のことが目の端に映るたびに気になっていた。思春期まっ最中に、連絡を取り合うこともなく、家同士の絡みもほとんどなくなった。


 久々に家族ぐるみでバーベキューが行われたある日だった。親同士が仲良く談笑しているなか、気まずさで俺は庭から離れて自宅内の和室でスマホをいじっていた。

 そこに、彼女――東堂が声をかけてきた。


「りゅうくんは、将来やりたいこととかあるの?」


 久しぶりのその呼び方に思わず逡巡したが、俺は「別に」とそっけなく答え、続ける。


「高校生の時点で見つけてるほうが少数なんじゃね」


「そうなのかな」


「そういうお前は――見つけてんだな」


 俺のその決めつけを、東堂は首を振って否定した。

 少しして、言葉としてもう一度意思表示をする。その声はどこか寂しそうで、なにかにもたれかかる重さを感じられた。


「ううん、違うよ」


 それ以降の言葉はない。


 そして東堂は、大学では経営学を専攻に進んだという話を、しばらくしてから小耳にはさんだ。


 俺は唇を噛んだ。

 そしていま、彼女のゼネラルマネージャーという地位をこの目で確かめて、あの言葉の真意が解明された。

 あれは、圧倒的優位から、俺をみかねての気づかいだったのだろうか。


「違うこと、なかったじゃねえか」


 であれば、俺は――――。

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