第5話 打ち上げ花火、まるでそれは。

「な~んだGMもいらしてたんですかぁ~! こりゃまたせいぞろい、昔学校に泊まったのを思い出しますね」


 俺たちが合流したところで、状況が分かっていない真宮さんが気楽そうに笑った。

 職場に閉じ込められていることと学校の宿泊を同列に並べられるとは、こんな緊急事態でもさすがの貫禄だ。


「…………」


 さて、羽場に東堂さんが抱き着いていたことでひと悶着はあったが、まあ誤解だったので置いておこう。なるべく脳内の隅のほうに。えいっ、とね。羽場くんに対しての例の疑念はどこへやら。なんていうか、別の不安が煽られるというか、正直それどころじゃないかも。


 まずは情報交換をすべきだと東堂さんが提案してくれたので、どこか落ち着く場所を探すことにした。すると、真宮さんが「ここでいいんじゃない?」と指定した。

 こことは、まさしくこの屋上だった。


「開放的なほうが、気も楽でしょう。いまシートの代わりになりそうなもん、探してきますよ」


 あっという間にいなくなって、あっという間にブルーシートを持って帰ってきた。バックヤードの物置にあったと笑いながら言った。



 そんなわけで、まるで花見でもするようにシートの上で5人が飯を囲んだ。



「まるで花見みたいッスね」思っていた事と同じことを羽場が口にする「それにしてもこの食料、どこから調達したんスか、真宮さん?」


「そこの車からちょいとね。惣菜ばっかですけど、いいですよぉ。茶が進みます」


「空を見上げるのがすごく久しぶりに感じるわね……」


「分かります。私も、カッシーさんとここに出た時なんか、気持ちが楽になりました」


「……え、カッシーさんって、樫村くんのこと? 佐倉さん」


「え、あ、わ……私だけじゃないです! 他の女性社員はほとんど」


「俺も恥ずかしいんですけど、諦めました」


「甘いッスねえ樫村さん。でもそうか、ならオレもカッシー先輩って呼んじゃおう――――冗談ッスよ。そんな視線送んないでください」


「へえ、いいなあ、あだ名なんて憧れるね。おいらは会社入ってからそういうのねえなあ」


 でた、真宮さんは自分のことをたまに「おいら」と言う。今まではあまり気が付かなかったが、たぶん気分が良い証拠だ。



 少しの間飲み食いして談笑したところで、本題に入った。少し日が暮れてきた。

 東堂さんが仕切り、佐倉さんがメモをとる。



「閉じ込められたのは皆同じタイミング……おとといの深夜ですね。佐倉さんと真宮さんはなにをしてたんですか?」


「私は……忘れ物をしたのに気づいて戻ってました」


 佐倉さんの発言に、羽場がオレもオレもと謎アピール。


「でもちょっと……事務所に入りづらくて、あはは、えっと、お手洗いに行っていたら変なアナウンスが流れてって感じです」


「入りづらかったの? なんで?」


「いや、まあ、とくにはないんですけど」


 口ごもる彼女。そのとき事務所には東堂さんと俺しかいなかったはずだが、入りづらいとは。……あ、いや想像したらなんとなく分かったわ。


「真宮さんは何してたんです?」見てられず、俺が話題の矛先を変える。


「自分は夜勤でしたね、そのとき。普段はないんだけど、ちょっと纏めなきゃいけない資料があって、センター長に相談して変えてもらったんだよ」


 センター長とは、防災センター内でトップの人だ。ちなみに真宮さんはその次のチーフという役職でもある。


「たまにやるんだよね。日中だとお客さんの対応とか日常点検とか色々やることあるからさ。んで、センター長には秘密にしといてもらえると助かるんだけど、ちょーっと気分転換がてら屋上に来てたんだよね。そしたら、帰れなくなっちゃって」


「そのタイミングで閉じ込めですか。なんか外の風景で不思議な変化とかありました?」


「いやあ~、特に気が付かなかったけどなあ」


 各々の情報を集めるも、これといった発見はなかなか見いだせなかった。それどころか、謎は深まるばかり。首謀者の目的は? 俺たち以外にもまだ被害者はいるのか? 夜間でも警備員が詰めている防災センターの状況は? 俺たちに未来はあるのだろうか? 考えるだけ、頭が痛くなる。



「花火でもしましょうか、ちょっと季節的には早いですが」



 そんな突拍子もないことを言い出したのは、やはりというか真宮さんだった。


「車ん中でいいもん見つけたんですよ。家庭用ですが、2セットも。童心に還っちゃいますね」


 真宮さんはいつも笑顔だ。こういうところは見習いたいと常々思う。俺はどうも、物事に対して楽観的に捉えようとする意識が足りない。


 薄暗くなってきたところでの意見だった。月明りが目立つようになり、星がじんわりと見える。


「いいッスね! さっすが真宮さん。やりましょうよ!」


「はあ、こんな悠長でいいのかしら」


「私、これ、2本とも貰っちゃっていいですか?」


「いいよいいよ持っていきなぁ!」


 なんだかんだ言いながら、各々が乗り気だった。この鬱憤をどうにか晴らす手段が欲しかったのだろう。俺も重たい腰を上げ、袋の中から花火を弄る。


「オレこいつもらい~! さっそくぶちかましますよ!」


「あ! 羽場くんそれ打ち上げ花火じゃん。いきなりクライマックスなの!?」


「2セットあるからいいんスよー! さあいきますよ、離れてくださいね!」


 しゅぼっ、とマッチで火点をつけた彼は、走ってその場から離れる。みんなもそれを見守って、頭上の空を眺める。


 澄み切った夜の天穹てんきゅうに、一輪の花が咲いた。


 輝き散る火花と、登る硝煙しょうえん



 みんなで協力し合えば、明るくいられれば、やがて道も開けるだろう。そんなふうに希望を抱けた。



 まるでそれは、この理不尽なゲームに対する、反撃の狼煙のろしだった。








 ――俺はこのとき知らなかった。


 ――この中に、このゲームの首謀者が紛れ込んでいるなんて。

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