第4話 アンタは何者なんだ、答えろ。

 樫村龍之介さんに対してオレが抱くイメージは、「地味」以外のなにものでもなかった。

 これはオレが配属されてから2年経っても変わらない、盤石の定説だった。

 ところがそれが、ここ数日くらいで劇的に変わっている。


(ほんと、もう1年分くらい会話しちゃったんじゃねーか?)


 誰とも交流を深めようとしない。やり取りは事務的なものばかり。

 失礼だが、オレの視界では完全に背景の一部に過ぎなかった。


 そうじゃなくなったのは、まあ、知ってしまったからだろう。


 GMと幼馴染とは驚いた。カマをかけてみたら、分かりやすく黙ってしまったので、信憑性抜群だ。


 ――それはさておき、ああやって樫村さんを挑発してしまったからには、オレも何かアクションを起こさなければならないだろう。

 それもラッキーなことに、いまは分断されてGMと二人きりというシチュエーション。なにもないはずが、ない。


「GM、疲れてないッスか?」


「大丈夫! それより、樫村くんたちが心配だわ。あの二人、そう体力は無いはずだから」


 あっちのほうが気になって仕方がない、か……。だいぶもう、オレ劣勢なんじゃね? まあいい、やるだけのことはしてみるか。


 先行く彼女の背中に、歩きながら声をかける。


「GM」


「なに? 休憩する?」


「オレがGMに好意を抱いてるっていったら、どうします?」


 彼女は立ち止まって、身体ごと振り返った。懐疑の目が、ちょっときつい。


「どういうこと?」


「女性として、好きってことッス」


「ありがとう。でも、本気?」


「本気ッスよ。疑ってます?」


「ええ。羽場くんは、こんなときにそういう告白なんてしない人だもの」


 呆気にとられた気分だ。案外そういうところ、よく見てるんだな。


「だって、なかなか二人きりになるチャンスがなかったものですから……それにしても、失礼ですが意外でした。チャラいオレのことを、そんな熱い人間だと見てくれているなんて」


「羽場くんがチャラいなんて、あなたを知っている人ならそんな印象は抱かないわよ。あ、でも樫村くんあたりなら思ってそうね」


「他の男の名前なんて出さないでください。――オレ本当に好きなんです。付き合ってください」


 距離を縮める。彼女は数歩後ずさるが、その程度だった。

 その反応を見て、オレは先手を打つことにした。


「今は……返事はいいです。ここを出られたら、聞かせてください」


「……急に、おとなしくなるじゃない」


「あれ、期待してました? OKの返事ならいつでもいいんですよ」


「もう。……驚かさないでくれる。行くわよ」


「はいッス」


 なんて、コントにすらならない一幕。

 でもこういうのが後々効いてくるんだよな。




 あらかた歩き回って、客用エレベーターの前までやってきた。

 残るはこれで、別の階に行ってみるくらいしか手がない。オレとGMは合意して、そのカゴの中へ入った。

 すると、扉が閉まってからアナウンスが流れた。


『こちらのエレベーターは――――』


 どうやら、罠に嵌ってしまったらしい。制限時間内に謎を解いていかなければ、オレたちはこの中に閉じ込められたままとなってしまうとのこと。


『問題――』


 結果だけいうと、オレたち二人は正解することができなかった。

 こんなもん、できるわけねえだろうが。クイズ番組じゃねえんだぞ。


 ガコンッ!! とカゴは大きく揺れ、天井の照明が落ちる。


「きゃあっ!」とGMは体勢を崩し、俺にもたれかかってきた。そして俺もバランスがとれなくなり、二人一緒に尻餅をつくことになる。


 真っ暗闇のなか、髪の毛の甘い香りが鼻をかすめる。胸と腕には柔らかい感触。どうやら彼女は何も見えないこの状況で、まともに動くことができないようだった。

 さっきまでの警戒心はどこへやら、俺に抱き着いたまま離れようとしない。



「りゅうくん……」



 震えた、か細い声が耳に届いた。届いてしまった。

 ははあ、なるほど。龍之介で、りゅうくんか。察しが良いのは、オレの悪い癖だな。こっちからも、幼馴染の裏がとれてしまった。


 こういうピンチに、いつも頼れるのは彼だったのだろう。

 たしかにそうだ。このエレベーターの謎だって、アンタならすらすら解いてしまうんだろうな。

 あんなに他人との接点をとらないようにしておいて、能ある鷹は爪を隠そうとしてたんですか? 馬鹿にしすぎだ、馬鹿野郎め。


 しばらくして、エレベーターが動き出した。照明がチカチカしながら復旧していく。閉じ込められるとはなんだったのだろう。……もしくは、誰かがこのカゴを動かしてくれたのか。


 どうせあの人だろう。


 その予想は当たった。扉が開いていくのが、ゆっくりと、スローモーションで見て取れた。


(いったい……)


 彼女にこんなに頼りにされて。

 今までずっと爪を隠しておいて。



(樫村さん……一体何者なんだよ?)

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