第9話 予感と直感
『
ある : なし
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せなか : おなか
とうけつ : しゃくねつ
くすのき : えのき
あかね : ゆうやけ
「ある」のほうに共通することは何か答えよ。
』
羽場が唸る。
「うぅ~ん? 背中にあってお腹にないもの……え、翼とか?」
「お前の背中には翼が生えているのか……」
「いや~俺の目の前にある出世の階段を翔けていくための翼ッスよ!」
「一歩一歩登っていけよとんだチートじゃねえか」
茶化すも、彼の視線はボードに釘付けだ。ちゃんと考えてはいるらしい。
しかし1分も経てば「だー! わかんねえ!」と頭を掻きだした。ううむ、集中力のないやつめ。
すると、気になったのか佐倉さんがひょこひょこと寄ってきた。
「あ、これいわゆる『あるなしクイズ』ですね」
「そんな呼び方があるのか。まあ確かに、俺もクイズ番組でこういうのみたことあるかも」
「全部ひらがなってことは、漢字とかカタカナに直したりするんですかね?」
素晴らしい感の良さだ。いや、みんな揃って俺を持ち上げようとするが、これくらい気付くのは一般的じゃないのかと俺は思う。……と発言したらみんなから叩かれるんだろうな。
こういう謎解きって、最初の一発ヒラメキか、長考して知識全導入した後のちにたどり着くか、そのふたつのパターンどちらかだと思う。
俺はだいたい前者だ。ヒラメキといっても瞬発力をいっているのではない。――初見で抱く違和感をどれだけ捉えられるか……つまるところ直感ってやつだ。
なんかアルファベットに変換する気がする、とか。何故か数式は関係ないんじゃないかと思える、とか。動物でこんなのがいたような、化学式っぽい、ミスリード入ってそう――こねくり回して出た「予想」ではなく、「予感」「直感」。
人間は日々の積み重ねのなかで、今まで自然に見ていたものの中に異物が紛れ込むと脳がアラームを鳴らす。最初に感じていた違和感はこれか、ってやつ。脳が不自然なものを見分けてしまうという。
だから、直感っていうものは侮れない。
俺が最初から抱いている違和感ってやつも。
「漢字ィ? ひらがなァ? ”くすのき”って漢字だとどう書くんッス?」
「えぇー……羽場くんホントに大人? ”楠”でしょう」
「佐倉さん、そんな引かないでくださいよ! 普段触れない漢字とかマジ覚えられないでしょ」
「一般常識じゃないのかな。いや、わかんないなぁ……あっ。でもわかったかも」
「え、どっちッスか?」
ぽかんとハテナを浮かべる羽場とは対照的に、佐倉さんの眼はキラキラと輝いているようだった。たぶん頭の上には「!」マークが飛び出ていることだろう。
「いまので答えわかっちゃいましたぁ~イチ抜け~」
「あっ、ずっりぃ! つーかそんな勝負じゃねぇでしょ!」
「羽場、でもいまのは良いヒントだぞ」
「やっぱり樫村さんも分かってるんじゃないッスかぁ~! クッソー!」
あまりにも羽場が感情豊かでつい楽しくなった。なるほど、こいつが他のテナントのひとたちから好まれる理由がわかる気がする。普段物静かな佐倉さんもおちょくっているし、そうかこれが……俺がいままで触れてこなかった世界か。
ふと後ろを振り返ってみると、応接室から真宮さんがちょうど出てきたところだった。彼はちょうちょいと俺に対して手招きをしてくる。羽場と佐倉さんを置いて、俺は静かに真宮さんのほうへ近寄った。
「どうです、GMは?」
「落ち着きすぎて、眠くなってるくらいだね。いやーそれにしても危機一髪だったな」
「はい。真宮さんの対処が的確で素早かったおかげです。本当、ありがとうございます」
「いやいや、おいらなんて何にも。GMと同じだけの時間あそこに居たきみはこうやってピンピンしてるんだから、身体の症状はそんなにさ。問題は少しパニックになってたことかな、そちらは付き添った佐倉さんの手柄だ」
「……はい」
「それにおいらがGMの服ひん剥いたりしちゃったら、あとでぶん殴られちゃうからね。GMご本人に。ひっひっひ」
「それはないと思いますよ……助けていただいたんですし。でも、いつも真宮さんは緊急時にこういうことされてるんですよね?」
そう、設備員とはいえ、防災センターに詰めているからには、たとえば館内で急病人が発生した場合彼らも駆けつけて対応にあたらねばならない。
「そうそう、そういうとき倒れた相手が異性だと、ちょっと対応が難しいんだよねぇ~。いやまあ人命第一なんだけども」
「難しいお仕事ですね」
「なんの。……それより、さっきおいらたちにその時どこに居たか訊いたってことは、作為的なものがあったと踏んでのことかい?」
声を潜ませてきいてきた。勘の鋭いお方だ、いや、さすがに俺が無遠慮すぎたか。
逡巡したのち、俺は言う。
「実は、背中を押されて閉じ込められまして。もしかしたら犯人がまだどこかに潜んでいるかもしれません」
「本当か。でもなんで狙われているんだい? もしかして、おいらたち全員を殺すつもりじゃ」
「わかりません。でも、その可能性もあります」
「それはまた」真宮さんは頭をかかえた。「物騒だぁねぇ」
「まあ、警戒しようっていっても限界がありますからね。早く脱出することを目指しましょう」
「うん、そう、そのとおりだ。ところで――」
真宮さんの視線は、俺の背後に向いていた。
「うしろの人たちが今にも殺しそうな顔で迫ってるけど?」
「――げっ」
もちろん、羽場と佐倉さんだった。
「樫村さんんんん! せっかく必死に解いてたのにいつの間にか居なくなってオレたち放置とか、不戦敗ってことでいいんすかあああ!」
「ちょっと、ひそひそ話はやめてくださいよね。なんか仲間外れにされた気分です」
ひそひそ話て。懐かしい表現するなあ。
「ところで羽場は解けたのか?」
「もちろんッス! 答えは――『方角』ッスよね!」
「おお。佐倉さんにこっそり教えてもらったとか」
「じゃねぇッスから! あれですよね、『ある』の単語には漢字にすると”東西南北”の字が含まれているってことッスよね」
そう、それが「ある」のほうに共通することだ。
背中。凍結。楠。茜。それぞれ「北」「東」「南」「西」という字が、漢字の中に組み込まれているのだ。
「うん、正解だと思う。じゃあ羽場たちはサーバー室をそれで開けておいてもらえるかな。俺はちょっと、GMの様子を見てみる」
「はあーい。カッシーさん、GMに変なことしちゃダメですよ?」
「もしかして抜け駆けすか、樫村さん」
「するか。あー、羽場が気になるなら羽場も同席していいと思うが」
すると、態度一変、羽場は手を引いたようだ。
「や、あんまり押しかけてもメンドいだけだと思うんで。GMを傷つけないでくださいね」
「信用されているんだかされてないんだか……まあいいや」
そうして、俺は応接室のドアノブに手をかけた。
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