第10話 一夜の過ち?
苦い思い出が
同時に、気付いた。彼女とは幼馴染で、だけどGMで上司で、だから昔のように接することはできないんだと思っていた。
しかしそれは、俺が一方的に決めつけていただけだったんだ。
俺が遠ざかっていただけだったんだ。
向こうはもしかしたら、そうじゃないかもしれないのに――。
「……りゅうくん?」
「……そっ」
俺は服の袖を掴まれたまま、しかし東堂さんのほうを直視できない。
「その呼び方……やめてもらえますか」
「あっ……そ、そうだよね。…………ごめんなさい」
「いえ、あの……むず痒いので、いまのままで……」
「そ、そうね……」
その後、「いくじなし」と小声で呟かれたのが、耳に届いてしまった。
――あれ?
高校以降で疎遠になり、いやそれより少し前から交流自体なくなっていたため、彼女の俺に対する評価は低いものだと思っていた。よくて、酒の席などで昔話に花咲かせることができる程度の関係。……だけど。
――もしかして、充分にいま好感度高い?
昔はロングだった髪は、就職して再会した今ではバッサリとショートボブに。今でもケアは欠かさないのか、テレビCMでも映えそうな美しい髪だ。
スタイルだって、いまの多忙さにかまけてだれているような部分は1ミリもない。
職場では恐れられている目つきも、仕事モードが解ければパッチリと大きくて透き通った瞳でつい惹きつけられてしまう。
傍から見ても、魅力的な女性だと思う。
この閉じ込めの首謀者に対しても、俺が彼女に気があることを知っているのならば、怒りがあれど少しありがたいような、形容しがたい気分になる。
「ねえ……どうする?」
どうする、とはさっきの返事を待っているのか。「一緒に寝てくれ」だと? 寝るに決まっているだろうが馬鹿にしてるのか!? ここでいかなきゃヘタレだってもんだ!!
「…………いや、えっと」
俺はそのヘタレだった。
冷静になれ。昔を思い出してみろ。東堂さんはこんな軽々しく色気を売るようなことはしなかったはずだ。それがたとえ緊急事態下の無意識だとしても、彼女がなにかを期待しているなんてことは絶対にない。うぬぼれるな、俺。
幼馴染だからこそ、わかることだってあるだろ。
「ここにはベッドがひとつしかないので、そちらはGMが使ってください。自分は――隣の床で寝ます。なにかあっても、東堂GMを守れるように。それでもいいですか?」
「でも床なんて……寝れるの?」
「事務所にあったクッション類を寄せ集めてみます。女性陣が自分たちの椅子に使ってたものですが、緊急時なので許してほしいですね……」
「……じゃあ、わかった。それで」
了承してくれたようだ。俺はほっと胸を撫で下ろす。
タイムリミットに余裕がないと踏んでいたが、どうも首謀者の狙いは違う気がしてきた。俺に、彼女を惚れさせろだなんて脱出条件を提示しておいて、一日二日で期限がくるのも理屈があっていないように思うのだ。
仕掛けの工夫の凝らし方から、俺たちを傀儡にして楽しむ快楽犯のような犯人像が思い浮かぶ。そんなやつが、惚れさせろなんて条件をあっさりと短期間で切る気はないはずだ。
――長期戦になる。これは覚悟しておかないといけない。
同時に、焦る必要はないんだと自分に言い聞かせる。
焦って彼女に迫った結果、修復不可能な関係になってしまった末には条件通りであれば文字通り脱出不可能になってしまう。永遠に。それだけは避けたい。
俺はその後夜食を済ませ、自分の寝床を準備する。
準備中東堂さんは、ベッドの上で胡坐をかきながらこちらの様子をチラチラ見てきたが、まあ誰かと一緒の部屋で寝るのなんて久々なんだろうな、と勝手に解釈する。
……東堂さん、いま独身だったよな……。
「じゃあ、もう遅い時間なので、明日は7時起きくらいでいいですか」
「うん」
「では、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
「…………」
「……ふふっ」
「……なんで笑うんです?」
「なんか、おかしくて。閉じ込められてしまって、なんもわからない状態なのに、優雅におやすみだなんて。私たち肝が据わってるわよね。おやすみなんて言うの、実家暮らししてた学生時代以来」
「…………それって。いえ、あの」
「あ、ご、ごめんね。なに言ってんだろ私……あはは。おやすみっ」
ぼふっ、と彼女は布団を頭まで被せて、眠る体勢にはいった。
「はい……おやすみなさい」
いつもそうだ。こいつといると、調子が狂う。
(寝れるかな……ったく)
そんな不安はどこへやら、疲労が溜まっていたのかすんなりと俺は眠りについた。
* * *
『……仕方ない。カードを切るしかないか』
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