第7話 戻りたいのはいつの自分?
花火打ち上げの日から2日が経過していた。
建物の仕組みをよく理解している真宮さんが加わったことで探索は順調に進み、目的の防災センターの目の前まで来ていた。正確には閉じられたシャッターのすぐ先が防災センターなのだが、このシャッターを開ける方法が分からなかった。『謎ボード』も見当たらない。
別のルートがないか、今まで来た道を分かれて探索することにした。
そして俺は冷凍庫を調べようとその扉を開けた瞬間、背中を誰かから押されて中に放られた。そして扉を閉じられ、密室を作られる。
冷凍庫の冷風と絶望感が、俺の身体を凍えさせる。
こういうのって、何分? 何時間? 居たら……危ないんだっけ……。
「ちょっと、死なないでよ、樫村くん」
声をかけられ、はっとする。
そうだ、死ぬわけにはいかない。
俺と一緒に探索していた東堂さんまで、この冷凍庫の中に閉じ込められてしまったのだった。
「ちょっと、走馬灯みてました。なにか、手がかり見つけられました?」
「ううん。いまのところは……」
手がかり、というのも、俺たちが直面している問題に対してだ。
問題とはまさしく、目の前の出入口に貼ってある『謎ボード』である。
『
このゲームにおける初日の夢の名前を答えよ。
』
ゲームというのは、俺たちが閉じ込められているこ状況のことを指しているのか? 夢の名前とは……
どうにも解き方がわからない。おそらくこれを解けば脱出できると思うのだが……。
そこで、少し前に佐倉さんから聞いていたことを思い出したのだ。これはまるで『脱出ゲーム』みたいだと。それについて俺は、あとで少し詳しく聞いてみていた。
どうやら、単体の謎をひとつひとつ解いていくだけではなく、その部屋のどこかにヒントがあったり、これまでの謎が伏線だったり、部屋全体を使ったトリックだったり、多種多様なのだという。
それについてはなるほどと思った。前々から、謎を解く当人の知識不足に陥ったら、ゲーム自体が駄目になってしまうのではないかと危惧していたからだ。これまでのどこかにヒントが隠されていたりするのならば、簡単に詰みはみえない。
そういうわけで、ひとまずそれに
「もう駄目なのかな……」
「……っ、さっきまで俺を励ましていた東堂さんは、どこに行ったんですか」
「ねえ、あなたは今までの人生に満足してる?」
突然なにを言い出すんだこの人は。言い淀んだが、つとめて冷静に返答する。
「満足してるなんて、なかなかこの年齢で言える人は少ないですよ。ひとまず、未練くらいならありますけどね」
「……未練、あるんだ。それって
「東堂さんをここから出すことですよ」
「……そういうセリフは、ガクガク
彼女は指摘するも、その口元には笑みが浮かんでいた。少しはポジティブになれただろうか。
「あっ、これ」
そういって上げた手の先に、1枚のカードがある。彼女は寒さを忘れたように浮き浮きしていた。「ヒントって書いてある! 見つけた!」
どうやら棚の下に落ちていたようだ。ヒントというからには見られてなんぼのものだと思うが、かなり厳しい場所にあったな……。
ヒントの内容はこうだ。
『 ヒント:3つの頭 』
――いや分かるかい!!
一体何を指しているんだこれは……。
「樫村くん……わかりそう?」
「……ちょっと、きついですね……」
「うん…………」
はっとする。彼女の身体が揺れる。
「――
倒れかけた身体を支える。手が凍えているせいなのか、体温はもう感じられない。
東堂さんは少しの微笑みを浮かべた。
「久しぶりに……その呼び方きいたわね……」
「すみません、つい。大丈夫ですか……!」
「あのころは、よく支えてもらってた気がするなぁ」
「そう……だったっけ」
「樫村くんは、あの頃に戻りたい?」
「……どうして、そんなことを聞くんですか」
「わかんない……もしかして私は、戻りたい、のかな」
きっとこれは、過去に戻りたいとかそういうことではない。あの頃の”関係”に、戻りたいかどうかという話だ。
「……いつからか、後悔してる自分がいるの」
驚愕に値した。こうして幼馴染という関係が名前だけになってしまったのは、自然の流れだと俺は思っていたからだ。それに、彼女に俺たちの関係について思い入れがあるだなんて、そんなの思い上がりだと感じていたのに――気にしていたなんて。
「わた、し……は」
寒さのあまり、口数が少なくなっていく。
このままだと、まずい。なんとかここから脱出しないと。
どうする。どうする。いや、何にしても、この謎を解かなければ――。
ゲームの初日。夢の名前。3つの頭。
初日……初日の出来事を言っているのか。頭……頭文字。3つ? 答えるのは夢の名前。ゲーム……とは、脱出ゲームのこと。
「脱出ゲーム……!」
そうか……佐倉さん!
これまでの謎が伏線――そうか。
俺はスマホを取り出し、答えを入力した。
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