第5話 そばにいる?

 らしくないといえば、確かに東堂さんらしくなかった。


 緊急事態である。誘拐や軟禁、食料確保の危機の可能性もある。さらにいうと、蓋を開ければ悪魔とやらが関わっているヤバイ事件でもある。


 ……だけど、そんななかでも、虚勢を張ってでも皆を扇動して問題解決へと導くのが、東堂ゼネラルマネージャーという存在だった。


 しかし謎解きが苦手なのか、その部類はほぼ俺に任せ、ふとしたときには弱音が露呈し、俺たちを見守る立ち位置に甘んじている。


 評価が冷たすぎるだろうか。でも、思い返せば違和感がでてくるほどに、彼女は普段優秀で勇敢で頼もしいのだ。


 あるいは――初日の夜、俺に泣きついてきたとき。


 あるいは――羽場と閉じ込められたエレベーターの中で。


 あるいは――冷凍庫での問いかけ。


 いつもの調子じゃない彼女に、俺は心の隅で引っ掛かりを覚えたはずだった。だけど俺は見て見ぬふりして、その隅に追いやったままにしてしまった。


(そういうことだったのか……)


 俺はあのとき、彼女のほうから離れられてしまったと思っていた。


 でも違ったのだ。


 俺が彼女から離れたんだ。違う世界に行ってしまった気がして、目を背けたのは俺だ。彼女に俺は必要ないと。


 なんて、わがままで身勝手でおこがましい考えだ。


 いまなお、こうして弱さを曝け出している彼女が目の前にいるというのに。


(俺には今の彼女の見ている景色を、同じ高さから見ることはたぶんできない。けど……)


 こんなときに、隣で慰めてやることができないで、なにが幼馴染だ。


「菜穂ちゃん」


 あえて、その呼び方でいった。伏せがちになっていた彼女の麗しい眼が、ゆっくりと俺の視線に重なってくる。


「わからなくなったって言う菜穂ちゃんに対して、俺はたぶん答えを持っていないと思う。菜穂ちゃんとは場合が違うかもしれないけど、俺もだって、特にやりたいこともなく周りの流れに身を任せて、大学も自分の学力に合うところを選んで、偶然この会社と出会って、でもやりたいこともないから出世にも興味がなくて。――だから菜穂ちゃんの地位とかけ離れた自分に劣等感を覚えていたけど――そう簡単な話じゃなかったんだね」


 長い語りを、彼女は清聴してくれている。


「でもきっと、こうして悩んで選ぶことができるのは、幸福なことなんだと思うんだ。そのお手伝いくらいなら、俺にもできると思う。だから」


「じゃあ」


 彼女は呟くようにいった。それは、あの冷凍庫での答えの続きだった。

 ――あの頃に戻りたいか。


「私の、幼馴染に戻ってくれる……?」


「…………菜穂ちゃんは、戻りたい?」


「できれば、戻りたい……。あのときは、ほんとうに、ごめんなさい。ごめんなさい……」


 十数年ぶりに、彼女と本当の意味で会話ができた気がした。

 あのときっていうのがいつのことなのか、俺には見当がつかなかったけれども。

 それでも、俺と彼女が同じ気持ちなのは、見当がついた。


 しかしまあ、本当に弱ってるなこりゃ。


「いつでも頼ってください」


「もう……頼るとかそういうんじゃないの。鈍感なんだから」


「わかってますよ。――ずっとそばにいますから」


「……そ、それって」


「みんなの前では変わらず『東堂GM』って呼びますからね?」


「照れ隠しが下手!」


「そうやって慌ててるほうが、昔の菜穂ちゃんっぽいな」


「慌ててない! むっすー!」


 さすがにおちょくりすぎたか、東堂さんはそっぽ向いてしまった。

 でもこれでいい。

 ここから脱出するためには、元気が必要だ。


(脱出……ん?)


 もしかして、と思った。


(いまさっき、それなりに良い雰囲気だったのでは? 口説くタイミングとやらを、逸してしまったのでは???)


 例の【条件】のことが、頭の中からすっぽり抜け落ちてしまっていた。なんてことだ。いや、そこからさきに潔く進めるだけの度胸があるかといえば微妙なのだが。


 …………。


 違うか。


 こんな条件に踊らされて告白するんじゃ、本気の気持ちなんて伝わらない。


 いいさ、やってやる。やるべきときは、いずれ引き寄せてやる。





 ――そんな、身勝手な決心をしたその時だった。





「……!?」


 停電した。そしてすぐさま復電し――もう一度落ちる。


 次に起こったのは、けたたましく鳴り響くサイレンだった。


『館内の皆さまへ、ご案内いたします――』


 スピーカーから音声が流れる。しかし前回のように首謀者の声ではなく、これは……。


「自動音声……」


「非常放送だわ。内容は――火事? でもこれは……」


「とにかく、防災センターに急ぎましょう」


 二度目の停電だ。さすがに慣れている。それに今回は前と違って、防災センターを確保済みなのだ。


「真宮さんに連絡してみるわ」


「じゃあ俺も、羽場と佐倉さんに――」


 振り返ったときだった。


 それを見て、やっぱりか、と落胆する。


「こんなときに、なんでいつも突然出現するんだよ……!」


 なんでと言いながら、俺はたぶん答えを知っている。おそらくあのキツネの悪魔の仕業なのだろう。


 俺たちがいる休憩室の出入口、そのドアには『謎ボード』が掛けられている。




  下記はとある法則で並んでいる。

  ?に入る言葉を答えよ。



  曲がり角 → 本 → 問題 → 拡大 → ? →×


                              』

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