第24話 一ノ瀬和也はゲームをする

「どうしてお前がここにいる?」

「先輩とお話がしたいからに決まってるからじゃないですかー」


 三波みなみが俺のチャリからぴょこんと飛び降りて大きく伸びをした。動作の一つ一つに不快感を覚えるのはなぜだろう。


「一つ聞いてもいいか?」

「何でもどうぞ。とは言っても、まだスリーサイズは教えられませんよ」


 ウザい。話を進めたいのにこいつがいちいち話をそらしていく。もとより俺にはそんなことを聞く予定もないから、ドキリとも何もしない。

 そんなことよりも、聞きたいのは。


「どうして俺にかまうんだ? 正直に言って面倒くさい」

「もう、そんなに照れないでくださいよ」


 そう言って、三波が俺の方に歩いてこようとした。そのときに片方の手をスマホが入っているはずのポケットの中に入れるのを見た。偶然か? 癖か? それとも。


「近づかないでもらえるか?」


 俺の言葉に三波が足を止める。


「どうしてですか?」

「この前、近づかれてを見たばかりだ。どうもうたぐぶかくなったようで」

「チッ、面白くないですね」


 隠そうともしていない舌打ちをした後、ついさっきも聞いたようん台詞を吐き捨てた。そしてポケットからスマホを取りだしてになっている画面を消した。その後、スマホを表裏おもてうら反対にするように手の中で一回転させた。


「用心しすぎですよ。こんなの使うのはどこかのドラマかアニメくらいですって」

「だが、お前はしようとしてたんじゃないか?」

「二、三手を考えておくのは普通だと思いますけど?」


 三波の飾り気のない、つまりあのかわいげのある声ではなく、少し低く、暗い声が俺の耳に届いてくる。


 それにしてもこの方法が流行はやってんのか? 桐ヶ谷きりがやにしろ三波にしろ同じ手で来るとは。もっとも、三波はたよっている気配はサラサラないが。


「近づかれて痛い思いをしたって言うのは、まさか桐ヶ谷先輩に同じことをされたとか?」

「だったらどうした?」


 別にお前に関係ないだろ。


「ふっ、ははははは。桐ヶ谷先輩でもそんなことするんですね。見たかったです」


 三波が楽しそうに笑った。本当に楽しんでいるのかどうかは俺にはわからない。しかもこうも次から次へと声色こわいろを変えて疲れないのか?


「へぇ、それで付き合ってるをしているんですね」

「誰から聞いた、と言っても無駄だろうな。今日の桐ヶ谷の感じでわかったんだろ?」

「まぁ、そうですね。その前から桐ヶ谷先輩がことは知っていましたから」


 寧々ねねと同じような理由か。そもそもあいつがわかりやすすぎるんだ。どうして自分から言っておいて、あんなざまなんだ?

 こういうやつにからまれるようになるという面倒な状況が生まれているのを考えると、やはりもう少しうまく立ち回って欲しいとは思う。


 それにしても、そんなことを言うためにわざわざ俺に付きまとっているのか? だとしたらこいつは相当くるっている。俺も見ると狂っている分類だろうが、こいつはその俺からしても狂っている。


「まぁそんなことはどうでもいいんで、場所を変えませんか? こんなところでをするのも、女の子的には嫌なんで。でも、和也かずや先輩がどうしてもって言うならここでもいいんですが」


 何度見ても吐き気がするような笑顔が俺の方に向く。「こんなところ」と言ってもこの駐輪場はこの近くに家族連れも来るせいか、他の駐輪場に比べて綺麗な方だ。逆に俺としてはこんな上面うわつらを飾るような真似をしているこの場所はあまり好かない。


 それに、

「ならさっさと帰れ。邪魔だ」


 長話などする必要もない。いや、したくもない。桐ヶ谷のことがあるのに、これ以上厄介やっかいごとが増えるのはお断りだ。

 そんな俺の声が届くはずもなく、三波は不敵な笑みを浮かべた。


「先輩、ゲームをしませんか?」

「しない」


 だから、これ以上お前に関わりたくないんだ。どうしてわざわざお前とゲームをしないといけないんだ。どうせくだらないゲームに決まっている。


「そんなこと言わないでくださいよ。もし先輩が勝ったら私は今後一切先輩に近づきません」


 三波の言葉に驚き過ぎて声が出なかった。驚いたと言っても、意味がわからなさすぎてということなのだが。


「っで、私が勝ったらこれからお茶に行きませんか?」


 再び両手の指先だけをあわせている。もちろんその顔には気色の悪い笑みが浮かんでいる。この場合、気味が悪い笑みと呼んだ方が適切かもしれないが。


「どうします?」


 どうするかと聞かれても・・・・・・みすみすこいつの言う通りに動くのも癪だ。癪だが、俺のメリットとデメリットが釣り合ってなくないか? 自信があるゲームということか?


「ゲームの内容は?」

「おっ、いいですねー」

「内容を聞くだけだ。その後判断する」

「ふーん。まぁ、いいですけど。慎重しんちょうな先輩もかっこいいと思いますよ」


 一言、二言多い。いちいち面倒なからみをしてくるな。


「ゲームは『次に来るのは? ゲーム』です。私たちの前を次に通るのは? を当てるゲームです」


 俺は後ろを振り返った。確かにここは両脇に木があるので次に来る人を当てるのは、前を通り過ぎる意外にない。それを確認してもう一度正面を向いた。


「それで、どうしますか?」


 三波が再び聞いてくる。


 こいつといるのは正直俺にとって面倒くさい。だから負けたときのことを考えると最悪最低だ。かといって、勝ったときのメリットは正直に言って大きすぎるくらい大きい。


「ちなみに、ここで放棄したら学校で先輩にベタベタになるかも」


 ウィンクをしながら阿呆なことを言ってくる。


 そうなると放棄した場合が最悪だ。あの言い方だと負けたときは今まで通りこいつは俺に何もしてこないということか?


 三波を見ると、ニコニコしている。聞いても答えてくれなさそうだな。負けたとしてもこれからお茶をしに行くだけか。それも面倒だが、見られたところで俺だとわからない格好をしている。


 デメリットの比として勝ち、負け、やらないで言うとれい対一対九と言ったところか。何か狙いのようなものがあるのだろうが、こいつの行動は俺の意志で決められるわけではない。


「はぁ、やろう」

「やったー。じゃあ、早速さっそく、先輩からどうぞ」


 ゲームの始まりらしい。俺は木でさえぎられた道を向く。


 このあたりはさっきも言ったようにオフィスがいではない。さらに住宅街でもなければ、近くに大きなショッピングモールがあるわけでもない。さっきの水族館にしろ、公園にしろ男女比は半々くらいだった。


 それでもまったく家がないというわけではない。しかも今日は土曜日で仕事の人は多い。男女差別をするようなバカなやつではないが、現状として男性の方が多数だ。しかもこの辺に買い物ができそうな場所はあまりない。


 この時間なら帰宅する人が多くなっていてもおかしくない。それに、どちらにせよどっちが通るかなんて半々だ。ならば可能性の多い方にするのは当然だろう。


「男」


 三波を見ることなく告げた。


「じゃあ、私はで」


 俺は反射的に三波の方を見てしまった。俺がそんな反応をしたにもかかわらず、三波は楽しそうに笑っている。


 どういうことだ? 猫・・・・・・だってこいつは『次に来るのは? ゲーム』と言った・・・・・・そうか、こいつは一言も女か男かなんて聞いていない。俺が先入観せんにゅうかんにとらわれていただけか。


 その事実に気づいてしまったことに腹が立つ。だが、普通のやつが「猫」なんて不確定要素の多いものなんかにかけるか?


 俺がそんなことを考えていると、三波が俺の後方、つまり勝負の道の方を指さした。その顔がうれしそうにしているのに嫌な予感がして、がらになく生唾を飲み込んだ。


 恐る恐る後ろを振り返るとそこには黒と白の猫がいた。そいつと俺の目があうと、猫はそそくさと逃げるようにして走り去った。


「知らなかったですか? この辺りに、夕方になると向こうの方で野良猫に餌をあげるおばあさんがいるんですよ。そのせいでこのくらいの時間になるとこの辺りの野良が集まるんです」


 勝ち誇った感情も、得意げな感情もこもっていない、いつもの声で俺に種明かしをしてきた。


「あっ、でもー。先輩の答えのかどうかがわからなかったので、このゲームは引き分けですね。なので、もう一勝負しましょう」


 俺は三波を見た。今まで通り両手の指先だけをあわせ、ニコニコとした笑顔をしている。だが、そのいつもの中に、俺に向かって「面白くないですね」と言ったときの感情がじわりとにじんでいたのを感じ取ってしまった。

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