第47話 一ノ瀬和也は家に入る

「綺麗だな」

「定期的にお手伝いさんが来てるからね。それに最近もパーティーとかをやってるみたいだから綺麗なのも当然でしょ」

「さ――」

「参加はするなって言われてる。私も参加したくないからウィンウィンだけどね」


 玄関から入ってリビングに向かっている。にしてもでかい。住んでいたら慣れるのかもしれないが、たまにしか来ないやつにとっては住居ではなく、何かの施設のように感じる。


 お手伝いさんってこれを全部掃除するのか? どれだけ大変なんだよ。一般家庭用の掃除機でこれを全部まかなえるのか? ホテルとかで見るあのごつい掃除機とかを使うのか?


 しかも窓まで綺麗すぎない? 新聞で拭く・・・・・・とかじゃなさそうだな。俺には絶対に似合わない仕事だろう。あー、でも分担して一人でできる仕事と考えると俺に向いているかもな。こいつのところには死んでも雇われたくないが。


 寧々ねねの斜め後ろに続いてリビングに入る。何坪あるのかわからないほどのリビングの大きなガラスからは心地よい光が差し込んでいる。電気をつけるまでもなく明るさが十分に広がっている。大きいガラスは利点も大きいのか。


「何か飲む?」

「水でいい」

「じゃあ適当に持ってくるね」


 寧々がキッチン(この部屋は一応リビングダイニングになっているが、大きすぎてリビングダイニング感すらない)に向かった。それを立って待つのもおかしい、と言うか疲れるだけなのでテレビの前に置かれたソファーに座った。


 相変わらず俺のベッドよりも座り心地がいいよな。これが金の力か。まぁそんなことはどうでもいいし、目の前にあるテレビが異常なまでに大きいのも関係ない。別次元の世界だな。


「お待たせ~」


 ミネラルウォーターの入ったペットボトルを二本持った寧々が俺のところに来た。そのうち一本をもらって、寧々は俺の隣に座ってきた。拳一つ分しか間が空いていない。息が詰まるほど窮屈だ。


 拳一つ分しか空いていなかった間を拳十個分以上に広げる。それはお互いのためだ。狭いと何かと不便だから。俺としては別々の部屋にいたいんだが・・・・・・それは言ってもしょうがないか。


「カズ、何してるの?」


 俺のにも関わらず、寧々が距離を詰め直してくる。なるべく顔を見ないようにしているため寧々の表情はわからないが、ろくな顔をしていないことはわかる。


「はぁ、っで、これから何をするんだ?」

「うーん、とりあえずどっちからシャワーを使うか決めない?」

「まだ昼だぞ」

「夜の方がいい? そんなロマンチストだったっけ?」

「今風呂に入って、夜にも入るのが面倒なだけだ。時間もそれほど経たないのに二回も風呂に入る必要があるのか?」

「昼でも夜でも前にはシャワーを浴びるべきじゃない?」

「俺はになる気はない。だから前の儀式など知らない」


 横から「ぐぬぬぬぬ」という音が聞こえてくる。俺は別におかしなことは言っていないつもりなんだがな。どうやら何か気にくわないことがあったらしい。一体何があったのか、俺は心当たりがない。


「じゃあ、定番の料理でもする? カズの腕でもできる料理」

「そりゃどうも」

「ふふふ、好きだから私がやるよ」


 その「好き」が料理に対してのものだということくらい誰でもわかる。寧々信者ならもしかしたら勘違いしてくれるかもしれないが。


「それじゃあ何をするんだ?」


 寧々がここに連れてきたんだから何かしら考えがあるんだろ? さっさと言え。『カフェ・ドルチェ・ヴィータ』みたいな時間の無駄にしかならない話し合いはしたくない。俺はそんな人間ではない。


「映画とかドラマでも見る? カズってそういうの見ないでしょ?」


 それなら俺の映画館でよかったんじゃないか? んなことを言っても寧々の映画と俺の映画では全く意図が違うから同じにするのも忍びないな。


「何を見るんだ?」

「元カノと元カレが実はまだ好き同士ですれ違いながらまたくっつく話と、罰ゲームで一週間付き合うことになった二人が本当の恋に落ちていく話、カズはどっちの方がいい?」

「・・・・・・わざとか?」

「何が? 私は面白そうって思った話を抜粋しただけなんだけど。あっ、ちなみに元カノの話は元カノが病気で、一週間の方は途中で記憶喪失になっちゃうんだよ」


 ネタバレ・・・・・・どっちも話のキーになるところだろ。そんなところを先に話したらアウトだろ。どっちも見る気失せた。


 って言うか、本気でどういうチョイスなんだ? 既視感がありすぎる。既視感と言うよりもむしろ記憶のどこかにあるような・・・・・・よくもこんなものを見つけてきたな。久しぶりに尊敬する。


「はぁ」

「っで、どっちにする?」


 本当にどちらか選ばないといけないのか? どちらも正解に思えないんだが・・・・・・


 人は時として選択を迫られる。正解のない選択。一見してどちらも不正解に見えるが、一番の不正解は選ばないこと。それが人生の選択だ。


 別に選ばなかった選択肢が悪いものということではない。選んだ選択肢がいいものということもない。選んだか、選ばなかったかの違い、ただそれだけだ。そこに優劣は存在しない。


 人はどう見ても悪手にしか見えない選択をすることもある。


 今回の選択はそんな大層なものではない。別に普通の、「何の映画見ようかなぁ」みたいな選択だ。どちらも見るという選択もできる。


 

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