第7話 一ノ瀬和也と紀野寧々?

「あ、寧々ねね先輩。お疲れ様です」

 桐ヶ谷きりがやは話しをやめさせられたことをとやかく言う様子もなく、ご丁寧に立って挨拶をした。無論、俺は立ちも挨拶もしない。


「いいから。座りなよ」

「はい」

 その声に促されるように座った。上下関係なんて面倒なだけだ。俺には縁もゆかりもない。


「あれ、誰かと思えばじゃん」

「・・・・・・ども」

 俺の斜め左後方から声がかかった。俺は振り向くのも嫌だったが、一応顔をの方に向けて小さくお辞儀をした。


「寧々先輩、一ノ瀬と知り合いですか?」

「知り合いというか、何と言うか、ね?」

「初対面です」


 寧々が俺たち二人の顔が見える位置に立った。故に俺からも寧々の顔が見える。だが、わざと見ようとしない。


 その余裕ぶった年上口調に腹が立つ。寧々に何かを振られたが、俺は何も知らない。そういうでいく。


「ふーん。そういうこと言うんだ」

「俺はとは会ったことも、話したこともないんですが」

「へー、私が紀野きのって苗字ってことは知ってるんだ」

「有名人ですから」

「カズは相変わらずだねー」

「初対面の人にそう言う口の利き方はよくないと思いますよ」

「君もだよ」


 寧々がニコニコしているのがわかる。いや、この場合ヘラヘラといった方がしっくりくる。こういうのも嫌いだ。この口調も、この笑顔も、も、も、も何もかも嫌いだ。


「ところで、音杏ちゃんはカズと何してるの?」

「いや、それは、その・・・・・・」


 俺で十分遊んで満足したのか話しが戻った。一方の桐ヶ谷は急に話を振られたせいかたじろいでいる。はぁ、付き合ってるふりをするんじゃなかったのかよ。面倒くせぇ。


「俺たち付き合ってるんですよ」

 寧々とこれ以上一緒にいるのが嫌だったので俺から言った。


 二人とも目を丸くして俺の方を見ている。一人は「あなたが言うの?」と言いたげな目。もう一人は「まさか、そんな」と言いたげな目。


 先に現実世界に戻ってきたのは寧々だった。俺の耳元に顔を近づけているのがわかる。拒んでもよかったのだが、面倒になるのが嫌だったので、会話を聞かれないように手を隠すだけにしておいた。


「どういうこと?」

 案の定、寧々が俺の耳元で、小さな声で質問してきた。焦ってはいない。逆に怖いくらい落ち着いた声だ。


「そのままの意味だが」

 寧々の方を向くこともなく、小さな声で述べた。


「何か理由でもあるの?」

「さぁ」

「この横の髪邪魔ね」

「紀野先輩には関係ないです」

「いつも通り呼んでもいいんじゃない?」

「何のことですか?」

「まぁ、いいわ」


 そう言って、寧々はためを作った。まるでこれから重要案件を述べるかのごとく。


「音杏ちゃんを悲しませちゃだめよ。

 と言うと俺の答えを待たずに離れていった。いや、寧々のことだ。俺が何も話さないってわかっていたのだろう。


 うっせぇよ。


 元の位置に寧々が戻った。その頃には桐ヶ谷は現実世界に戻っているようだった。いや、口がポカンと開いている時点で現実世界には戻っていないか。


「じゃあ、音杏ちゃん、お幸せにね」

「あっ、えっと、はい! ありがとうございます!」


 急に言われて慌てていたが、それでもさっきのように立ってお辞儀をした。にそこまでする必要あんのかよ。


「じゃあね、カズ」

 それだけ言うと右手を肩の辺りまであげながらその場を去って行った。


―― じゃあね、カズ


 あのとき言われた言葉もそうだった。今のように俺に背中を向け、右手をあげて去って行った。だが、もう少し言葉の雰囲気が違った。


 嫌なことを思い出してしまった。こんなこと、もう忘れていると思っていた。いや、実際に忘れていた。だが、あいつによって掘り起こされてしまった。これを小説では運命とでも言うのかもしれない。


 だが、俺にとっては違う。運命でも何でもない。これはただの悪夢、呪い、呪縛、それらに近いものだ。


 俺と桐ヶ谷の間に再び沈黙が訪れる。そのときに俺はこんなことを思っていた。


 だから俺は、青春、特に恋愛、ラブコメが嫌いなんだ。

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