第8話 一ノ瀬和也と紀野寧々????????

 私は寧々ねね先輩に失礼がないように立った。

「あ、寧々先輩。お疲れ様です」

 少し頭を下げてお辞儀も加えた。あまり仰々ぎょうぎょうしいのは好きではない先輩なのでこのくらいにしておいた方がいい。


「いいから。座りなよ」

「はい」

 ここで断ったら嫌な顔をされるのは知っているので素直に座っておく。


 やっぱり綺麗。大人の品があるというか、高校生離れしているというか、もうとにかく私たちとは同じとは思えない。


 同性の私でも見とれてしまう。何て言うのかな、付き合いたいというよりも愛でたい? ショーケースに飾りたい?(ちょっと狂気じみてる?)っていう感じ。


 私が男子だったら絶対に付き合いたいと思う。こんなに綺麗な人と付き合った人がうちの高校にいるんだよね。確か同じ高三って聞いたけどどんな人なんだろうなぁ。多分男子の先輩もかっこいいよね。


 でも、今その先輩とどんな関係なのかな? あの嫌がらせを受けて別れざるを得なかった先輩。きっと寧々先輩も未練があるに決まってる。


 そう思うと一ノ瀬いちのせを巻き込んだのはだめだったのかな。そんなことを考えていると罪悪感が大きくなってくる。


「あれ、誰かと思えばカズじゃん」

「・・・・・・ども」


 だけど、そんな私の罪悪感を吹き飛ばす言葉が寧々先輩の口から飛び出してきた。私の聞き間違いではないと思う、寧々先輩は今「カズ」って言った。私の座っているテーブルの方を見ながら「カズ」と。


 「カズ」ってもしかして一ノ瀬のこと? そう言えば一ノ瀬の名前って何て言うんだっけ? かず・・・・・・と? かずや。かずき。かずま。かずは・・・・・・わかんない。


 って言うのはどうでもいいけど、えっ、寧々先輩と一ノ瀬って知り合い!? どんなつながりがあるの!?


「寧々先輩、一ノ瀬と知り合いですか?」

「知り合いというか、何と言うか、ね?」

「初対面です」


 寧々先輩が私たちのテーブルの真横の位置になるように歩いてきた。って言うのは置いておいて、やっぱりこの二人何かある! 寧々先輩、その言い方なんですか? 絶対に何かありますよね!


「ふーん。そういうこと言うんだ」

「俺は紀野きの先輩とは会ったことも、話したこともないんですが」

「へー、私が紀野って苗字ってことは知ってるんだ」

「有名人ですから」

「カズは相変わらずだねー」

「初対面の人にそう言う口の利き方はよくないと思いますよ」

「君もだよ」


 一ノ瀬と寧々先輩が普通に会話してる。いや、普通以上の会話をしている。交流のある私たちでも話すのはちょっと緊張するし、男子だったらなおさらそうだと思う。


 でも一ノ瀬はよそよそしいと言うよりも、馴れ馴れしくするなみたいな話し方をしてるし、寧々先輩は私の知っている誰よりも(と言ってもほとんど知らないのだが)一ノ瀬と会話をしている。


 一ノ瀬の方に向いていた寧々先輩の顔が私の方に向いた。その顔に楽しそうな笑みを浮かべているのが妙に気になる。


「ところで、音杏ちゃんはカズと何してるの?」

「いや、それは、その・・・・・・」


 どうしよう。付き合っていることにするんだったら堂々と言った方がいいと思うけど、何も決まってない状態で「付き合ってます!」みたいなことは言えない。


 特に寧々先輩は一度付き合ってトラウマ(になっているかどうかは知らないけど)があるから一番言いにくい。そんなことを言ったら何を言われるか、どんな顔をされるかわからない。


「俺たち付き合ってるんですよ」


 私がたじろいでいる間に一ノ瀬が完結に私たちの関係を言った。その言い方がぶっきらぼうなのは少し気になったが、一ノ瀬が言う!? まさか、まさか、あなたが! それを言うの!


 と思いつつも、やっぱり私も何か言わなければいけないという思いはあった。ただ、私が口を開く前に寧々先輩が動いた。


 寧々先輩は顔をしかめて、一ノ瀬の耳元に顔を近づけている。一ノ瀬もそれを拒もうとせずに口元を手で隠して、私に話している内容をさとらせないようにしている。そんなことをしなくても読心術なんて使えませんよ!


 でも本当にこの二人の関係って何なんだろう? 兄妹・・・・・・ではないよね。苗字違うし。もしかして両親が離婚して別々になったとか。でも、それだったら隠す必要ないよね。


 じゃあ、何? 飼い主とペット? 女王と奴隷? それは失礼か。えー、全くわからない。接点が見つからない。無理、この二人を結びつけるなんて無理!


 そうこうしているうちに寧々先輩が一ノ瀬から離れた。離れる少し前に一ノ瀬のほおが少し引きつるのが見えた。それがどんな心情から来ているものかはわからないけど、なんとなく怒りのような気がする。


「じゃあ、音杏のあちゃん、お幸せにね」

「あっ、えっと、はい! ありがとうございます!」


 急に話を振られて驚いたが、かみかみになりながらも立ってお辞儀した。


「じゃあね、カズ」

 と言うと寧々先輩は右手を軽く挙げて私たちのテーブルを去って行った。先輩が出て行くのを見届けてから私は席に座った。


「ふぅ」

 息を大きくはいて気持ちを落ち着ける。緊張していたとかではない。色んなことがありすぎて脳のキャパシティがいっぱいになった。


 私は気持ちが落ち着いてから一ノ瀬を見た。もう口を隠していた手は下ろされている。その代わりに下唇を強く噛んでいる一ノ瀬の口がそこにはあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る