第9話 一ノ瀬和也は質問される
俺はあの女がいなくなると肩に力が入っていることに気づいた。誰もがうらやむと形容するのが合っているその容姿に緊張していたのではない。そんなはずはない。俺はあいつを見慣れている
いや、この場合見慣れていた、と言う方が正しい。それにしてもあのクソ、わざわざいかにも俺と知り合いですよアピールする必要なかっただろ。しかもそこにいる厄介ごと野郎の前で。
去年は俺に人前では話しかけなかったくせに、とは言っても話しかけて欲しくないんだが。あんな悪目立ちしているやつの近くにいたくはない。
あいつは、
わかるからウザい。自己評価の高い阿呆はこの世にたくさんいるが、あいつほど自分にうぬぼれているやつはいない。
だが、逆にカーストの上位に位置するものとしては適任かもしれないな。自分のために人の恋心をもてあそび、人肉を喰らい(食べてないと思う)、笑顔で人を処分(したことはないと思う)する。
面倒くさい。面倒くさい。何が面倒かと言うと、あいつが爆弾を投下して行ったせいで今は目の前の
「ねぇ! 寧々先輩とどういう関係!?」
桐ヶ谷が机に手を置いて、身を前屈みにしながら聞いてきた。ほら、言わんこちゃっない。面倒くせぇ。なんでこう陽キャって言うのは人のプライバシーにずけずけと土足で踏み込んでくるんだ?
常識というものを知らないのか? どうせ頭の中はカラオケとカフェとスマホと性的行為のことしか入ってないんだ。だからこんなことも聞けるんだ。やはり、陰キャこそこの世の正義なのだ。
だが、どうするか。こいつに言うか? あのことを・・・・・・無理だ。なぜなら俺が言いたくも、思い出したくもないからだ。あいつと付き合っていたことなど口に出したくもない。
「何もない。初対面だ」
「嘘! 初対面なはずがないじゃない!」
「初対面だ。歳も一個上で、家も俺とは逆方向だ」
「家って、寧々先輩の家を知ってるの?」
あっ・・・・・・つい口が滑った。えっと、こういうときなんて言うんだっけ? てへぺろ? みたいな感じだ。本当に陽キャってこんなこと言うのか? どう考えても恥ずかしいだろ。
「アー、シラナイ」
「なんで
「カタコトニナンカナッテナイ」
「目も泳ぎすぎでしょ。どんだけ嘘が下手くそなの」
「ウソジャナイ。オレハナニモシラナイ」
「はぁ、なんで隠すの? そんなに言いにくい関係なわけ?」
言いにくいどころの話しじゃねぇよ。言えるかこんなこと。言いたくもない。黒歴史以上の黒歴史だ。俺が寧々と付き合っていたことを知っているのはこの世にごく少数だ。
中学のやつらのいない高校に行った。だからあのことを知っているやつはいないと思っていた。なのに、当の本人がいた。誤算だった。もしかしたら俺がこういう選択をすることを予測していたのかもしれない。
クズが。陽キャの中のようキャ、クズの中のクズ。それが
表面しか見ることのできない陽キャどもには絶対にわからない。人間の闇に触れるしかない陰キャにはやつの本性がわかる。そして俺は、やつの闇に一番近くで触れたのだ。
だから言える。あいつの底は深い。マリアナ海溝よりも深く、マチュピチュよりも謎めいている。
「ねぇ、聞いてる?」
「お前の声など聞こえない。どうにも阿呆の声は耳が寄せ付けないみたいだ」
「はっ! 誰が阿呆ですって!」
「黙れ、周りに迷惑がかかる」
「うっ・・・・・・」
ようやく場をわきまえたようだ。ばつの悪そうな顔をしてようやくおとなしくなった。だが、これだけで周りの目を引くには十分だったようで多くの視線を感じる。
まぁ、大声をいきなり出したわけだし、そもそも高校で四天王なんてもてはやされる美少女のうち二人が同じテーブルに集まった時点で注目を集めていたのだが。
はぁ、さてこれからどうしたものか。これ以上ここにいても質問攻めにされるだけだろうし、帰るか。
「うんじゃ、俺帰るわ」
「はっ? まだ話してないじゃん」
「十分したと思うが」
「どうやって知らせるかとか、これからどういう風に過ごすかとか・・・・・・」
「どうせ寧々が広めるだろ。それにお前の友達とかも使えばいいだろ」
「寧々って・・・・・・呼び捨て・・・・・・」
あ・・・・・・気をつけてたのに最後の最後でやらかした。計算式あってるのに、最後の最後で足し算を間違えるみたいな感じだな。
でもここで「寧々」発言に関わったら負けを認めたみたいで何か悔しい。なので、取り合わない。別に桐ヶ谷と絡むのが面倒くさいとか、こいつがうるさいとか、面倒くさいとか、ウザいとか、面倒くさいとか、面倒くさいとかという理由ではない。
俺はテーブルに置いてあった伝票を持ってレジに向かった。桐ヶ谷は何やらふてくされたのかその場から動こうとしなかった。俺としてみればそれがどうした、という感じなのだが。
一緒に帰る約束をしたわけではないので、一人でレジに向かって、二人分の勘定を払った。
外に出てみると日は沈んではいなかったが、傾いていた。こんな時間に帰るのは久しぶりだな、何ていうことを思ったりは全くしない。
俺は自分の自転車に乗って帰路についた。あぁ、でも面倒くさいことに巻き込まれたな。面倒なことはもうこりごりだと思ってたのに。
あの中学時代の一つの過ちから、俺は何も変わっていないのかもしれない。もっと正確に言うと、周りが俺を帰させてくれないのかもしれない。
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