第11話 桐ヶ谷音杏は連絡を受ける

「はぁ、疲れたー」


 私はどさっとベッドに倒れ込んだ。今日一日で三年分の疲れを一気に感じた気がする。でも、これからずっと疲れを感じるんだろうなー。まぁ、私が選んだことだし、仕方がないか。


 お風呂上がり、と言ってもしっかりドライヤーで乾かしたので髪も肌も濡れていない。強いて言うなら、保湿用の化粧水が(当たり前だけど)濡れてるくらい。


 私は今日彼氏を作った。一ノ瀬いちのせというその暗くて、憎まれ口しかたたけなくて、人に合わせようとしなくて、空気を全く読めないその男子生徒を私の計画に巻き込んでしまった。


――ブー。


 スマホが振動した。机の方に行って、上に置いてあるスマホを取ってベッドに戻る。多分PINEの着信だと思ったが、やはりそうだった。


――音杏のあー、一ノ瀬ってどんなやつー?


 莉音りおんからだ。あぁ、そう言えば、連絡してって言われてたっけ。色んなことがありすぎてすっかり忘れてた。


――口が悪い、空気が読めない、ウザい、面倒くさい!


 それに、それに・・・・・・


――ははは、そりゃぁ大変だね~。


――もー、他人事みたいに!


――他人事だもーん。


――確かに。


――いったんフロリダするね。


――り。


 いったん莉音との会話は終わった。莉音のお風呂は意外に長いので会話が再開するまで全然時間がある。


 莉音には言わなかったことが二つある。


 一つ目は、一ノ瀬には実は気の利くところが多少はあるかもしれない、ということ。いつの間にかファミレスの私の分のお代まで払っていた。いつの間にかと言っても一ノ瀬が出て行ったときだと思う。


 頼んだのはドリンクバーだけのでそんなに高い値段じゃなかったけど、一ノ瀬がまさかそんなことをするなんて思ってなかった。だから驚いてしまった。


 男子と二人でファミレスとか行ったことなかったからわからないけど、男子ってみんなあんなことするの? それとも仮にも彼氏だから? 私に恩を売るため?


 考えても、考えても一ノ瀬のことを知らなさすぎて答えが出ない。でも、もしも何にも裏がなくてやってくれたことだとしたら、少しうれしいと言うか見直した。


 そして二つ目はもちろん寧々ねね先輩のこと。あの二人どういう関係なんだろ? 寧々先輩に聞いていいのかな? それともプライベートのことを聞くのは失礼?


――プルルルル。プルルルル。


「うわっ」


 驚いてスマホを落としそうになってしまった。危うくのところでスマホをキャッチして画面を見る。すると驚いたことに「寧々先輩」の文字が表示されていた。

 えっ、グッドタイミング、じゃなくてどういうこと? 絶対今日のことだよね。


 そんなことを思いながら私は電話に出た。

「お、お疲れ様です」


――あー、お疲れー。音杏ちゃん、今大丈夫?


「はい、大丈夫です」


 寧々先輩から電話がかかってくること何て年に一、二回あるかないかくらいだと思う。(と言っても、去年知り合ったばかり)PINEとかはやってたけど、電話って改めて緊張するなぁ。


――いやー、夜も遅いから迷惑かなって思ったんだけど。


「そ、そんなことないです」


 実際、今日は莉音がオール態勢に入っている感じがするので今日に関して言えば何時でも平気な気がする。


――音杏ちゃんとこうやって話すのってそんなにないよね。どう、二年生になってみて?


「勉強が急に難しくなった気がしますね。それに行事にも追われてますし」


――あー、二年生は忙しいからね。困ったことがあったらいつでも言ってよ。相談に乗るから。


「はい、ありがとうございます!」


 お辞儀しながらお礼を言った。やっぱり頼りになる先輩だ。みんなのお姉さんみたいな立ち位置だと私は勝手に思ってる。こういう頼りがいのある先輩に私もなりたい。


 でも、

「そう言う話ではないですよね・・・・・・」

 寧々先輩が私の近況のために連絡をしてきたとは思えない。絶対に一ノ瀬のことのはず。


――まーね。まぁ私、無駄話が好きだから。


――じゃあ、本題に入ろうか。


 その声がいつもよりワントーン暗く、一段階おもくなったのを聞いて私は体を硬くした。


――カズとどういう関係? 恋人、じゃないよね。カズがそんなことをするわけないし。


 恋人です、と答えようとして言葉が出なかった。口調はいつもに近いけど、声のトーンも、声の柔らかさが違う。そのせいで声が止まってしまった。


「こ、恋人、です」

 だが、何とか自分にむちを打って答えを絞り出した。


――あー、大丈夫。言ったじゃん、相談に乗るって。嘘はつかなくていいよ。


 このときさとってしまった。私に嘘をつく、ごまかす権利はないのだと。いつものお姉さんじゃなくて、大人な寧々先輩なのだと。寧々先輩にもこんな一面があるのだと。


 そして、この一面を引き出すトリガーになったのが一ノ瀬なのだと。


「こ、恋人のふりをお願いしました・・・・・・」


――ふーん、ふりね。でも、カズがお願いで言うことを聞くとは思えないんだけど。


と言うよいも、しました」


――どうやって?


「その・・・・・・胸を触らせて、その写真を撮りました・・・・・・」


――ふーん、音杏ちゃんも案外やるねー。


「そ、そんなんじゃないです!」


――ふふふ、でもなるほどねー。そんな手があったんだ。


「それって・・・・・・」


 それってどういう意味ですか? と聞こうとして思いとどまった。そしてなんとなく気づいてしまった。寧々先輩は一ノ瀬を・・・・・・一ノ瀬と・・・・・・


――まぁ、ありがとね。なんとなくわかったよ。


「あ、いえ、その、はい」


――じゃあ、おやすみ。


「はい、おやすみなさい」


 そして電話は終わった。いつの間にかトーンも重みもいつも通りに戻っていた。いや、むしろ最後の方は楽しそうな声になっていた。


「はぁ」

 思わずため息が出てしまった。呆れたからではない、単純に疲れてしまった。


 寧々先輩と一ノ瀬の関係が見えてきた。そして、次に寧々先輩がとりそうな行動もなんとなくわかった。

 じゃあ、私はどうすればいいの?


――ブー。


 そのとき再びPINEの通知が鳴った。相手はもちろん寧々先輩。


――言い忘れてたけど、あんまりカズと仲良くしない方がいいよ。これは先輩からの忠告。仲良くして、カズのことを知っちゃうと、もしかしたら元に戻れなくなるかも。


 ・・・・・・ってどういうことですか?

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