第10話 一ノ瀬和也は連絡を受ける

「はぁ」

 俺は自室のベッドの上で座っていた。風呂上がりなので髪が多少濡れたままだったが、このくらいで風邪を引くほどやわではない。


 疲れた。今日一日で疲れ果てた。って言うかこの先ずっと疲れるのか。しんどい・・・・・・とてつもなく憂鬱ゆううつになってしまう。


 高校移ろうかな、って言ってもできないか。どうして俺はゆっくりと過ごしたいのに陽キャというあわれな生き物にハイエナのようにたかられないといけないのだろうか。


 いつもそうだ。寧々ねねにしろ、桐ヶ谷きりがやにしろ他に暇そうなやつを見つければいいだろ。確かに中学の頃は俺も盲目もうもくになっていたが、今回は完全に巻き添えを食らった状態だ。


 どうにかしてこの状況を切り抜ける手立てを考えないと、三ヶ月という期間をもうけたがそんなに待てない。さっさとあいつを俺から引き離さないと悪目立ちしてしまう。


「どうしたものかな・・・・・・」


 俺はベッドに仰向けに寝転んだ。右手をひたいに当ててボーッと天井を眺める。いつも通りの天井、いつもどおりのベッド、なのにいつもとは違うこの感覚。


 普通の男子なら超絶美少女に告白されて胸のときめきが! みたいなことを言うのかもしれないが、今の俺はいつ逮捕されるかわからない指名手配犯のような気持ちだ。(実際に指名手配されたことはないので、イメージだが)


――プルルルル、プルルルル。


 そのとき俺のスマホの着信が鳴った。


 俺は体を起こして、ベッドの上に放り投げていたスマホを手に取った。誰だろう、とは思わなかったが、一応画面に表示されている名前を見た。そこには案の定「寧々」の文字があった。


  どうしてわかったかって? それは俺の番号を知っているのなんて家族か寧々くらいだからだ。家にいるのに家族がかけてくるなんておかしいだろ。じゃあ残るのは寧々だけだ。


 俺はスマホを手に取るとボタンを押してもう一度スマホを放り出した。あいつから電話がかかってくるなんていつぶりだろ・・・・・・って言ってもPINEにはたまにメッセージが来るが。もちろん返したことはない。


 どうせ今日のことで聞きたいことがあるとかなんだろ。って言うか電話とかしてくるなよ。普通PINEでメッセージか何かを・・・・・・


――プルルルル、プルルルル。


 またか。面倒くせぇ。俺はまたスマホを手に取って、今度はスマホの電源を切った。これで鳴るはずがない。まぁ、残りはうちに直接来るくらいだが、あいつの家と俺の家はすごい離れて・・・・・・


和也かずやー、中学の頃に仲良くしてた寧々ちゃんから電話来てるよー」


 下から(俺の部屋は二階)母さんの声が聞こえた。・・・・・・なるほど、そう来たか。ここまでするか普通? どんな嫌がらせだよ。


 と悪態をついても、この状況はどうにもならないので、俺はスマホの電源を入れ直して寧々に電話をかけた。下で出るよりも、こっちで電話をかけた方がまだましだ。


――プルル、あっ、もしもし。やっと出てくれたね。


 電話のコール音が鳴るのとほぼ同時に寧々の声が聞こえてきた。


――あっちょっと待ってね。・・・・・・すみません、あやさん。スマホにかかってきたので大丈夫です。それでは・・・・・・いえいえ、ご迷惑をおかけしました。・・・・・・・・・・・・はい、ありがとうございます。またお伺いしますね。・・・・・・あっ、カズ、お待たせー。


 寧々はどうやら俺の母さんとの電話を切ったようだ。(母さんの名前は一ノ瀬いちのせ綾子あやこ


――ようやくゆっくり話せるね。


 俺はものすごく、反吐へどが出るほど、死ぬほど、存在を消したくなるほど嫌なんですけど。話すとしても「ゆっくり」ではなく、一分以内に終わらせていただけるととても助かるんですけど!


――ふふふ、どうせ、早く終わって欲しいとか思ってるんでしょ。相変わらずだね。


「そうやって、自分は何でも知ってますよ、みたいな言い方をするのも相変わらずだな」


――もちろん。カズのことなら何でもお見通しだよ。


 だったらこんな利益も何もない話しをぐに切りやめて本題に入って欲しいんですけど! 俺のことなら何でもわかるんだよな!


――あせらないでいいじゃん。久しぶりの肉声だよ。


「全くうれしくないんだが」


――もー、素直じゃないね。


「お前の取り巻きに嫌われたくなかったら、そのウザい性格直した方がいいぞ」


――へー、心配してくれるんだ。私はカズのそういう優しさが好きだよ。


「俺はお前の話のそら仕方がきらいだ」


 そう、俺は寧々のこういうところが嫌いなんだ。もっと言うと寧々のすべてが嫌いだ。こんなやつと付き合ってしまった過去の俺をしばいてやりたい。


 それにしてもこの電話がとにかく面倒くさい。一方的に切ることは可能だが、また家電いえでんにかけられるのは正直スマホにかけられるよりも面倒なので、ここはがまんするしかない。


――ふーん、まぁ前置きはこのくらいにしてそろそろ本題に入ろうか。無駄話は面と向かって話そうね。


 ようやく本題か。そして俺はお前と面と向かって話したくはない。話すことはない。絶対に。言い切ってやる。


――聞きたいことは二つ。一つ目は音杏のあちゃんと本当はどういう関係?


「俺、言いましたよね。付き合ってます」


――嘘はつかなくていいよ。本当のことを言って。


「嘘なんかつきませんよ。お前とは本音でしかはなさない」


――・・・・・・嘘。カズは私に嘘をついてた。もしもあのとき本当のことを言ってくれてたら、私は君を助けられたのに。


 うっせぇよ。いちいちそんなことを言うな。そんなタラレバを言ったところで青春というまぼろしは実体化しない。蜃気楼しんきろうのごとく喉の渇いた者に甘い誘惑を見せるだけだ。


「寧々が悪いわけじゃないだろ。責任感じる必要なんてねぇよ」


――ふふふ、やっぱり弱ったところを見せると甘くなるね。狙い通り。


 このクソ野郎! 人をもてあそぶことしか能がないクズが! 陽キャの中で一番意地が汚いやつがこいつだという自信がある。舞い上がっていたあの当時の俺に一言文句を言ってやりたい。そうすれば、俺と寧々が関係を持つことはなかった。


――カズのカズらしいところを見せてもらったお礼に、一応信じてあげる。


「それはどうも」


――じゃあ、もう一つ。と言っても私が知りたいのはこっちなんだけどね。


「何だ?」


 俺は何を言われるのか大体のことはわかっていた。だが、確証も確信もなかった。だから一応聞いてみた。


――どうやったら、カズと付き合え・・・・・・


 そこで俺は電話を切った。このタイミングで切れば絶対にかかってこない気がした。寧々の言葉は予想通りのものだった。


 俺と付き合うためには? ・・・・・・そんなもの聞いてどうするんだよ・・・・・・

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