俺は青春ラブコメを信じない ～そんな俺が学校の4大美女の1人に告られた～

第31話 一ノ瀬和也は歩み出す

「･･････た、助けてくれるの･･････」

　双葉（ふたば）が俺に意外そうな顔をむけてきた。こいつは何を言っているんだ？　助けてくれ、と言ったのはお前だろ。

「何をすればいいのかを聞いただけだ」

「それが助けてくれるって意味でしょ？」

　確かにそう意味を含（ふく）んではいるが、少し違う。「何をすればいい」というのはどちらかと言うと「何を手伝えばいいんだ」という意味の方が近い。

　無論（むろん）、俺は人の手伝いなど進んでやる方ではない。頼まれればしぶしぶ手伝うこともまれにある。普段なら、双葉の頼み事のような厄介ごとを引き受けることなど全くない。

　それでも、なぜかそれでも、多少は手伝ってもいいんじゃないか、と思ってしまった。その理由はわからない。わかりたくないのか、それともわかっているのに認めたくないのかはわからない。

「えっと･･････何をするかはイッチーに任せるけど、とりあえず助けて欲しい」

　俺の顔を見ないようにしながら、双葉が俺に言ってきた。照れているわけではない。自分が無責任だとわかっているからこそ俺の顔を直視できないのだ。

　まったく困った話だ。頼んだやつが頼むやつに明確な指示を与えないというのは無責任にもほどがある。これで結果が自分の思う通りじゃないといちゃもんをつけるのだ。まるで何でもいいから飲み物を買ってこいと言ったにもかかわらず買ってきたものに文句をつけるようなものだ。

「どんな感じの終わりになればいいんだ？」

　とりあえずゴールが見えなければ何もしようがない。

「えっと･･････本当はいじめがなくなって、仲良くなればいいんだけど、収まってくれるならそれで十分かな･･････」

「なくなるというのは表面上はか？」

「･･････」

　なるほど、その辺りも何も考えてないということか。まぁ、一般的に見ていい感じになればいいということか。俺の価値観に照らし合わせたらいけないようだな。

　俺から言わせてもらえば、他のやつらと距離を置き、壁を作り、自分の信念に従うだけの人生を歩めばいいと思うが･･････まぁ、仕方がない。

「わかった。それなりにやってみよう」

「ホント！　ありがとう！」

　双葉が俺の両手を手に取って激しく上下に振ってくる。力を抜いていたせいで肘（ひじ）と肩（かた）を痛めそうになったが、多少痛くなる程度で済んだ。感情の表現方法が常人の一段上のようだ。

「じゃあ、詳しいこと言うね」

「いや、双葉よりもそういうことに詳しいやつに聞く」

　俺の言葉に双葉の眉がピクリと上がる。

「安心しろ、大隅（おおすみ）本人に聞くつもりはない」

　と言うよりも、俺は大隅と知り合いでもないのだから聞けるはずもない。じゃあ、どうやって助けるのを手伝うのかと思うかもしれないが、そもそも論として俺に人に影響を与える力はない。そうなれば、俺が直接大隅をかばったところで何も変わることはない。

　俺が大隅のために何かするとしたら、他人を動かして秩序（ちつじょ）を乱すことだけだ。それに本人との仲の良さなど必要ない。

　俺の言葉に双葉は依然として眉を上げた状態だが、何も聞いてこない。俺の考えていることがわかるのか、それともわからないが聞いてはいけないと感じているのかは、俺にはどうでもいいことだ。

「･･････わかった。じゃあ、サーナに紹介するだけにしておくね」

「いや、紹介もしなくていい」

「どうしてー！！」

　今度は大声で聞いてきた。俺はこいつとうまくやっていく自信がない。

「･･････双葉（ふたば）の紹介となると大隅（おおすみ）も警戒するだろ。そうなると俺が動きにくい」

「あー」

　普通に考えたらそうだろ。少しは考えてからものを言え。

「･･････なら、私は指をくわえておとなしくしているね」

　悲しそうな声でそう言うと双葉は本当に人差し指をくわえた。そう言う意味ではないのだが･･････と言うよりも、子供がおしゃぶりをしているようにしか見えないのは俺だけか？

「はぁ、困ったことがあれば双葉に相談する」

「ホント！　ありがとー！」

　双葉が再び手を出してきたので、俺は捕まれないように手を逃がした。こいつは油断も隙もないな、寧々（ねね）とは違う意味でだが。

「じゃあ、もう戻ろうか。音杏（のあ）が待ってるし」

　俺の返事を待たずに双葉が歩き出した。自分から呼んでおいて、その態度はいかがなものかと思うが、それを言うと俺の態度も褒められたものではないので何も言わないでおく。

　　俺は小さく「はぁ」とため息をついて双葉の後ろについて歩き出した。厄介なことがまた一つ増えてしまった。この林間学校で大隅のことをしながら、桐ヶ谷（きりがや）のことも気にしなければならない。

　まったく･･････俺は便利屋か何かか？　俺は平凡な毎日を過ごしたいだけなのだが、どうやら周りがそれを許してはくれないらしい。俺の人生の歯車が狂いだしたのはいつからだ？

――カズ。

　俺の横を笑顔で歩く寧々。

――カズ。

　夕日をバックに俺の方を振り返る寧々。

――カズ。

　あいつの部屋のベッドの上に座りながら、俺の手の上に自分の手を重ねてほおを少し赤らめている寧々。

――カズ。

　クリスマスの夜、あいつの最後のお願いのデート後に悲しげな寧々。

　うるさい。お前のせいで俺の人生は変わったんだ。もうこれ以上、俺の人生を狂わせるな。これ以上、俺に厄介ごとを押し付けるな。

　出て行け、俺の頭の中から出ていけ。たとえ俺がその頃のことをなんとも思っていないとしても、お前が俺の頭の中にいることに不快感を抱いてしまうんだ。

　思い出なんかではない。記憶だ。日本史の延長線上にそんな話があるだけで、そのことについて何も感じることはない。だからもう出ていけ。消え去れ。戻ってくるな。

　どうしていちいちお前が俺の前に、俺の頭の中に出てくるんだ･･････