第39話 一ノ瀬和也は視る

 俺のよくわからない徘徊はいかいは終わった。特に大きな収穫があったわけでも無い。いて言えば、双葉ふたばが一番料理に慣れていそうということと、桐ヶ谷きりがやもなかなかうまい方の部類に入りそうだ。


 俺は現在、調理場から離れて長テーブルがいくつも並べられている場所に来ている。とてつもなくどうでもいいことだが、林間学校らしく長テーブルはすべて木製だ。まぁ、普通と言えば普通なのだが。


 さらにどうでもいいことだが、この場所には屋根がある。空が見える開けた場所の方が林間学校らしいのかもしれないが、そのへんは衛生上の問題か何かがあるのだろう。


 ここに来ているということはすなわち料理がすべて終わったということだ。俺の前には普通に美味しそうなカレーのルーと普通に硬そうな米が同じ皿にのっている。これに関しては九条くじょう志波しばが頭を何度も下げながらあやまっていた。


 別に俺たちは九条たちに苦情くじょうを言うつもりはなかったのだがな・・・・・・というガラにもないことを言っておく。あくびも出ないほど面白くない。


「「「「いただきます!!!!」」」」


 俺をのぞいた四人が手を合わせて一般的な挨拶をした。関係ないことだが、食前の挨拶で「いただきます」と言うのにも理由がある。俺はここで古文と歴史の授業をする気はない。


 俺は手を合わせて小さく「いただきます」と言ってからカレーを一口食べた。

 米が・・・・・・硬い・・・・・・のはいったん置いておこう。初めて飯盒はんごうで米を炊いたらこんなものだろう。知らないが。


 ルーの方はご想像通り美味しい。いや、これ普通にうまいだろ。本当にここで作ったものなのか? どこかの店から持ってきたやつだろ。


「美味しい!」

「本当だ。美味しい。美味しいよ、双葉さん」

「すごい、双葉さん、すごいよ」

「えへへ~」


 隠す様子もなく照れている。そんなにうれしいのか? 別に悪いわけではないが、俺の言葉を欲しがるように俺の方を向いて目をキラキラさせるのはやめてくれないか? キツい・・・・・・


「あ・・・・・・うまいな」

「ホント~」


 だから照れるな。そんな反応をされたら俺がどう反応すればいいのかわからない。と言っても、反応しないが。


 俺はカレーを食べながら周りを見た。他の班もカレーを食べ始めている。そのとき、俺の目にとまったのは異様な組み合わせだ。


 ピンクの髪と水色の髪が同じ空間にあるだけで異様なのに、その二人の関係性を知っているだけにその異様さがしてしまう。しかもその関係を作った原因も一緒とは・・・・・・デスティニー、いやフェイトだな。


「タキィ~、お疲れぇ~」

志乃しのもお疲れ様」

「タキ、早く食べようぜ!」

「そうだな。食べよう」


 あそこは男女三人ずつの六人班のようだ。大隅おおすみ篠山ささやま、タキ、それに女子一人、男子二人。外面そとづらだけ見ると全員俺とは別次元の人間のように見えるが、中身を見ると少なくとも大隅は違いそうだな。若干じゃっかん一名もおかしいがな。


 全員がカレーの配膳をする。それぞれがテーブルに着こうとする。篠山はごく自然とタキの隣の席に行こうとしている。まったく、何を見せられているんだ。


 タキが一番左の席に座ると篠山はその右隣に座る。篠山の右には男子が一人座った。そいつの顔が妙に緊張していたのは今は黙っておこう。俺には関係ないし、関係したくない。


 そしてタキの前に大隅ではない女子が一人座り、その横に男子が座る。大隅ではないのはおそらく真ん中の席に座ると篠山の目の前になってしまうからだろう。よくわかっているな。


「あっ、イブキ。アオイと席替わった方がいいぞ」

「え? どうしてだ?」

「アオイは左利き、お前は右利き。そのままだと食いづらいだろ」

「なる~、さすが」

「何がだよ」


 笑いながら女子(アオイ)と男子(イブキ)が席を交代する。何がそんなに面白いんだ? お前たちのノリにはどうもついていけないらしい。ついていこうという気もないがな。


 にしても、クラスのレフティのやつを覚えているか? 確かに、レフティは日本人の一割前後なので物珍しさに覚えていても不思議ではない・・・・・・不思議だな。陽キャという人種は全員そうなのか?


 一応言っておくと俺は右利きだ。俺の周りでレフティなのは寧々ねねくらいだな。あいつは何から何まで俺とは違うな。俺としては歓迎すべきことなのは違いないが。


 その後、大隅がアオイの隣に座って食事が始まった。篠山がやや斜め左を向いて座っているのは言わなくてもわかるかもしれない。とは言っても、不自然にならない程度だ。そのおかげで右隣の男子も気にしてないようだ。


 はぁ、俺があの空間にいたら必ず消えていただろうな。いたらの話だ。天地がひっくり返ろうともあり得ない話ではあるが。


 これは負けしみというかわいいものではない。そもそも俺は自分が負けていると思っているわけではない。


 確かに俺は負け組だ。俺のようなやつらはその運命を背負って生きていかなくてはならない。コミュニティから追放され、個人で生きていかなくてはならない。


 不適合者、陰キャ、その他諸々もろもろ俺たちの呼び方はある。泣き叫ぶことなど許されない人種。助けを求めることさえ行うことができない生き物。それが俺たちだ。


 だが、それの何が悪いんだ? 社会に害をなしたわけでも、秩序をむやみに乱したわけでもない。


 逆に、俺たちを俺たちたらしめたのは誰でもない、のうのうと日の当たる世界で生きているお前たちだ。秩序を乱したのはお前たちだ。キサマらの無秩序な差別のせいでどれだけの人間が苦しんだのかわかるのか?


 太陽がのぼれば影ができるのは当然のことだ。誰も影ができることを恨む人間はいない。太陽光発電、洗濯物云々うんぬんで影のことをよく思わないやつらもいるかもしれないが、その壁を乗り越えようと人間はあゆんできた。


 にもかかわらず、影のことは当然ことと思うにもかかわらず、陰のことは当然とは思わない。目に見える闇を享受きょうじゅして目に見えない闇をほうむろうとするのはなぜだ。


 問う。毛利衛氏は「宇宙から国境線は見えなかった」と述べられた。それなのに、キサマらには人間の差という境界線が見えるというのか? 上下の差を見ることができるというのか?


 陰と陽の差を見ることが、そもそも差を引くことが、できるというのか?


 差別される側の人間はそれを感じてしまう。陰の側に来てしまった人間は、その境界線を自ら引いてしまう。それは俺も同じことだ。


 そして一度こちら側に来た者はもう二度と出ようとしない。いや、出てはならないと思ってしまう。

 だが、こちら側に来たこともないやつらが線を引くことができるというのか?


 弱陰強陽じゃくいんきょうようの世界を作ったのは、果たして神か、人間か?

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