第40話 一ノ瀬和也は言い伏せる

 大隅おおすみたちの食事はごく普通に行われている。だが、ただ一点気になることがある。普通なら気にならないだろうが、があったにもかかわらず、という一言を付け加えると極当然に感じるだろう。


「おっ志乃しの、悪いな」

「う、ううん。大丈夫ぅ~」


 タキと篠山ささやまひじぶつかった。理由は簡単だ。タキが右利き、篠山がレフティでお互い動かす腕が同じ側にあるからだ。どうしてアオイとイブキには席を替われと言ったのに自分は変わらなかったのだ?


 たまたまか、それともわざとか。判断材料がとぼしすぎる。たまたまであっても、わざとであっても理由があるはずだ。・・・・・・面白い。この状況を面白いと思ってしむのは寧々ねね三波みなみと似ているのかもしれないな。


「イッチー、大丈夫?」


 耳元で双葉ふたばのこそこそ声がした。とてつもなくどうでもいいことだが、双葉は俺の隣に座っており、桐ヶ谷きりがやは双葉の前に座っている。


 恋人をしているならば横に座る方が自然なのではないか、と問うたが、「そんなことしなくてもいいじゃない」と言われた。なぜ俺がふられたような感じになったのだ? よくわからない。


「大丈夫だ。少し向こうを見ていただけだ」

「サーナの方?」

「ああ」

「・・・・・・知り合った?」

「昨日の夜に顔を合わせた」

「それならいいんだけど・・・・・・イッチー、やっぱり無理はしなくていいよ。私のわがままのせいでイッチーにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないから」

「遅いな。それは一般常識に照らし合わせてみればもう少し前に気づくべきだったな」


 本当に遅すぎる。そのことは頼む前に気づけ。阿呆か。


 それにしても「これ以上迷惑を・・・・・・」のくだりには多少なりとも引っかかるものがあるな。大隅のことにこれ以上巻き込ませたくないという意味なのか、それとも桐ヶ谷と俺の件なのか。


 おそらく後者だろうな。桐ヶ谷とのでいっぱいいっぱい俺に向かって厄介ごとを押し付けるなんて非常識極まりないからな。まぁ、桐ヶ谷も非常識極まりないがな。


「・・・・・・その、ごめん」


 あぁ、双葉のことを完全にスルーしていたな。無視ことには慣れているが、無視ことには慣れていないからな。なぜかというと、話しかけられることがほとんどなかったからな。


「別に平気だ」

「ホント?」


 はぁ、これだから周りの空気を読もう、他人のことを想おうとしている人間は腹が立つ。自分の意見も言えないような人間が俺の目の前をうろうろしていることが本当にいらだつ。


「安心しろ。双葉の頼みなど迷惑のうちに入らない」

「ホント?」


 だから!


「人のことを気にしすぎるな。傲慢ごうまんになることが悪いことだと決めつけるな。おのが意見を通すことができないようなやつが他人を救うことができるはずもない」


「己が意見を通すことができないのは他者の目を気にするからだ。意見を通した後のことに責任が持てないからだ。意見を通すことに自信が持てないからだ」


「そんなやつが困っているやつに手を差し伸べられるはずがないだろ。救うことに自信を持つことができず、責任を持つことができず、その原因に対して恐怖を覚えるようなやつが一歩踏み出すことはできない」


「特に大隅と同じ問題を抱えているやつを助けようとするならばそれは数倍に膨れ上がる。もしもお前があいつのことを本当に助けたいと思っているのであればもっと傲慢になれ」


「このことわりのすべてをねじ曲げてもいいという覚悟を持て。すべての法をひねり潰してもいいと思えるほどに傲慢になれ」


臆病おくびょう謙虚けんきょは違う。賞賛しょうさんをうちでは認めながら外に対しては低めの態度をとることが謙虚だ。だが、その賞賛を認めることで他者の評価が下がることを恐れ、結果として低めの態度をとるのはただの臆病だ」


「今のお前はただの臆病者だ。俺にうらまれることを、俺に火の粉が飛ぶことを、大隅の状況がより悪化することを恐れるただの臆病者だ」


「変化が怖いならそれでもいい。変えることをこばむことは自然界では当然のこと。変化は淘汰とうたされてもとの状態に戻ろうとする」


「だからお前が俺の介入かいにゅうを、現状が変わることを本気できらうなら俺は喜んで退しりぞく。むしろ面倒なことに巻き込まれなくて済んで俺としてはラッキーだ」


「だが、本当にそれでいいのか? その臆病が本当に合っているのか? この現状に双葉の考えは合っているのか?」


「最適解をつねに見いだそうとしなくてもいい。そんなことは不可能だ。そんなことを目指すものはただの夢見人。幻想を追い求めるやつらだけだ」


「しかし、不適な解を排除することは誰にでもできる。もちろんお前にもだ」


「問う。お前はどうしたい? 俺はどうすればいい?」


 俺は双葉ふたばの顔を見る。ついつい感情的になってしまったことをいなめないのがこくだ。どうしてか最近になって自分の感情をコントロールすることができなくなってしまってきた。


 怒りっぽくなっているのか? そうではないような気がする。信念が揺らいでいる? いや、むしろ信念をおおっている膜のようなものががれ落ちてむやみやたらに色々なものに触れているような感じだ。


「私は・・・・・・」


 おっと、またコントロールがかなくなっていたようだ。まったく、俺もまだまだだな。一度現実世界に意識を集中させる必要があるようだ。


 気づくと双葉が俺の目をまっすぐに見ていた。湿ってはいるが透き通った目をしている。綺麗な目という意味ではない。迷いのない目という意味だ。どうやら決まったようだな。


「私はサーナを助けてあげたい」

「それは大隅おおすみが望んだことなのか?」

「ううん。でも、助けてあげないと」


 本当に平気なようだ。


「だから、イッチー」

「安心しろ」


 ガラにもないことをしている気分だ。実際そうなのだがな。この手のことに首を突っ込まないことにしているはずなのに・・・・・・巻き込まれたからしょうがないか。


「イッチーと知り合えてよかったよ」

「俺はお前たちと知り合って最悪の気分だがな」

「ぶれないねぇ~、いいけど」

「俺はよくない」


 双葉が笑う。それだけ回復したと言うことか、まぁ俺も段々クールダウンできてきたようなのでお互い様だな。熱くなっていたわけではないが、歯車の動きが悪くなっていたようだ。


音杏のあがあんなことを言った理由がわかった気がする」

「あんなこと?」

「うん、カバディのときにちょっとね」


 双葉の笑いが悪戯いたずらっぽい笑みに変わる。わざわざ協力しているやつの陰口を言うか、普通? 一般的に見て普通ではない俺が普通を語ることがいいのかどうかは多少なりとも議論の余地がありそうだが。


莉音りおん、どうして泣いてるの?」


 ものすごく遅い気がするが、桐ヶ谷きりがやが声をかけてきた。もう少し早くてもいい気がする・・・・・・

 桐ヶ谷の声に双葉が俺の方から顔をそらす。


 まぁ、コソコソ話をしているやつらに話しかけづらいものなのだろうな、普通は。またそんなことを言ってしまった。


「ちょっとね」

「ちょっとって何?」

「え~っと・・・・・・」


 双葉が一瞬ためを作る。


「一瞬だけ音杏になってみた」

「・・・・・・どういうこと?」

「そのままの意味だよー」

「まったくわからない」

「心に聞いてみて」

「はぁ、莉音のことが本当にわからなくなるときがある・・・・・・」


 桐ヶ谷が本当に困ったような顔をする。それを見て双葉が楽しそうな顔をしたのは腹黒いからではなく、純粋に仲がいいからだろう。俺には縁もゆかりもない話だがな。


 それはそれとして、双葉にああ言ったからには俺も何か結果を残さないといけないな。


 たとえ、現状を悪化させる結果であってもな。

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