第38話 一ノ瀬和也はカレーを作る

音杏のあ~、野菜切れた?」

「もう少し・・・・・・」

「ぶきよー」

「このくらい普通でしょ。莉音りおんが早すぎるの」

「えっ? それって褒めてる?」

「褒めてる」

「じゃあ、もっと褒めて!」

「・・・・・やめておこうかな」

「なんで~!」


 徐々にこれになれ始めている自分が怖い。言わなくともわかると思うが桐ヶ谷きりがや双葉ふたばはずっとこんな感じだ。よく疲れないな。俺なら開始三秒で疲れてぶっ倒れる自信がある。


野鳥ウォッチング云々うんぬんいざこざはあったものの無事に終わった。無事と言っても二人けが人が出た。それがどちらもカバディというよくわからないオチがついているのは放っておいてくれ。


 今はオリエンテーリングと同じ班に分かれてカレー作りをしている。なぜカレーなのだろうか? 別に悪いとは思わないが、疑問を抱かないこともおかしいのではないだろうか。


 受動的に動くことと能動的に動くことが異なるように、物事を受容することと妥協することは異なる。何も考えずにそんなものだと受け入れることに、一体どんな価値があるのだろうか。まぁ、どうでもいいが。


 こんなことを考えても価値がないといと言われれば確かにそうだ。だが、考えないよりも考える方が価値があるに決まっている。


 理由とはことわりよしと書く。すべての理には由がある。どうして信号機は赤・青(緑)・黄を使っているのか。どうして「すき焼き」と呼ぶのだろうか。サラダ油の「サラダ」とは何なのか。


 すべてに理由がある。その理由の一つ一つを知れとは言わない。俺はただすべてのことには理由があると言いたいだけだ。


「イッチー、にんじんの大きさバラバラすぎない?」

「・・・・・・うるさい」

「もしかして、料理できない系~?」

「どんな系統だ」

「そんな~、隠さなくてもいいのに」


 双葉が俺の方をニヤニヤしながら見ている。

 別に隠してはいない。隠す必要がないからな。


 その会話につられてかはわからないが、桐ヶ谷が俺の方を向く。言わなくてもいいかもしれないが桐ヶ谷もニヤニヤしている。何がそんなにうれしいんだ?


「できないんだ」

「人のことを言えるざまか」

一ノ瀬いちのせよりできてると思うけど」

「どんぐりの背比べだね~」

「莉音! そんなことないし! 私の方ができてるし!」


 張り合うな。確かにお前の方ができているかもしれないが、双葉から見れば同じくらいだろう。ちなみに双葉の手際てぎわは目を見張るほどすごかった。小学生のような身長をしているが、料理の腕は普通の高校生以上のようだ。


 俺が料理ができない理由は単純にやらないからだ。やらなくてもいいのだから無理してやる必要がない。つまり、簡潔に言うと慣れていないから料理の腕が悪いということだ。


 カレー作りは順調に・・・・・・進んで・・・・・・い、る。俺、桐ヶ谷、双葉の三人がカレーのルーを作っており、九条くじょう志波しばの二人が飯盒はんごうでご飯をいている。


 九条たちの様子はわからないが客観的に見て俺の手際は悪いの一言では表しきれないほど悪い。双葉どころか桐ヶ谷と比べても残念だ。


 俺はようやくにんじんを切った・・・・・・と呼ぶことができるかどうかわからない不格好なものを完成させた。そしてそれを双葉に渡した。ものすごくどうでもいいことだが、桐ヶ谷の切ったにんじんの形はそろっていた。


 双葉は俺と桐ヶ谷が渡した材料を鍋に入れて料理を始めた。それを俺はただたんに眺める。手伝えという声もあるだろうが、どう考えても俺が双葉の手伝いをしたら邪魔にしかならないだろう。


 それは桐ヶ谷も同じようだ。双葉の後ろで傍観ぼうかんしている。その姿に見とれる、ではなくその姿を呆然ぼうぜんとみていると桐ヶ谷が俺の方を見てきた。


 すると気まずげに下を向く。今朝から桐ヶ谷の様子がおかしいな。頭のねじがぶっ飛んでしまったのだろうか?


 俺はそんなどうでもいいことを無視して辺りをぶらぶらすることに決めた。九条たちの様子を見に行こうとしなかったのは俺が指示できることなど皆無かいむなうえに、俺の指示に従う可能性などあるはずも無いからだ。


 別にどこに行くということもなくカレー作りをしている調理場? のようなところをぶらつく。全員が楽しそうに・・・・・・料理をしている。


 何がそんなに楽しいんだ? 家でもできるようなことを強制的にさせられているんだぞ。もっとも、俺は家で料理などまったくしないのでここでしかできないような体験だが。


 にしても、あと何年かしたら一人暮らしをするのか。料理の一つや二つできないとやばいな。まぁ、そのときになればなんとかする。このご時世じせい、スマホか本で調べれば誰でもできる料理が出てくるもんな。


「ねぇねぇ、キャンプファイヤーに彼誘った?」


 俺が歩いているとどこからともなく、と言っても調理しているところ意外にはないが、女子のきゃぴきゃぴした声が聞こえてきた。おろかしいまでに楽しそうな声。頭がおかしいやつのことはよくわからない。


「まだ・・・・・・どうしよう」

「もうすぐだよ。早くしないと」

「でも・・・・・・緊張するし・・・・・・」

「誰かにとられちゃうよ」

「それは嫌!」


 女子二人がきらびやかな声を出している。と言うよりも、どうしてみんなキャンプファイヤーという阿呆な行事を楽しみにしているんだ?


 桐ヶ谷きりがやにしろ、そこのよくわからない女子にしろ何が楽しくて誰かを何かに巻き込もうとするんだ?


 他者に何かを提案するときは何かメリットを突きつけろ。メリットのない提案など提案ではない。それはもう傲慢ごうまんだ。その昔、キリスト教の中で言われた(実際にはやんわりと)七つの大罪の一つ。


 傲慢は七つのうち二番目に重い罪だ。ちなみに一番重いのは嫉妬しっと。言われれば納得できるな。俺は傲慢であっても嫉妬はしないな。群れない者は嫉妬などしない。


 己が身の丈を知りすぎた者は嫉妬などできない。高望たかのぞみするということを忘れてしまったのだ。怠惰たいだになろうにも、何が怠惰なのかわからない。逆に無為むいに時間を過ごしてしまうことが大罪に感じてしまう。


 憤怒ふんどしようにも相手がいない。強欲になろうにも手が届きそうにもないものを欲しない。色欲しきよくも暴食もメーターを振り切るほどではない。一般常識レベル、よりも低いかもしれないがな。


 話がれに逸れたが、俺が言いたいのは自分の感情を他人に押し付けるなと言うことだ。もしも押し付けたいならば提案ではなく、しろ。


 そんな一般的に見て腐った考えをしていると、一般的に見て普通の考えを持った者どもの話は進んでいるようだ。


「でも、本当に早く誘いなさいよ。と踊るのがこのキャンプファイヤーの醍醐味だいごみでしょ」


 そうなのか?


「まぁ、・・・・・・が本当ならね」

「本当らしいよ! 部活の先輩が言ってた! 後、私のお姉ちゃんも!」

「マジで!?」

「マジマジ」


 何を盛り上がっているんだ阿呆ども。


 「好きな人」「キャンプファイヤーの言い伝え」・・・・・・


 知らんな。まったく聞いたこともないし、そもそもそんなことに興味はない。


――今日の、キャンプファイヤーなんだけど・・・・・・一緒に踊ってくれない?


 まさか、な・・・・・・

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