第37話 一ノ瀬和也は気になる

 よくわけのわからない朝食の時間が終わった。どうして急に桐ヶ谷きりがやが俺を誘ってきたのかわからないし、双葉ふたばが異常なほどに困惑していた理由もわからない。


 確かに付き合っているをしているからにはそう言った場面で一緒にいる方がいいのかもしれないが、俺としてはそこまでしなくてもいい気がする。どうせ、体育祭の後くらいまでの期間なのだ。


 そんなことを考えながら俺は廊下を歩いていた。カレー作りの前に少し自由行動もどきがある。もどきの理由は、木を使っての火起こし、野鳥ウォッチング、バンブーダンス、水彩画、カバディなどの十種類からどれか一つを選んでやるからだ。


 俺はもちろん他の人と交流がありそうなものを除外して、野鳥ウォッチングを選んだ。と言うよりも、ここまで来てカバディなんかをするやつがいるのか? いや、こんなときだからこそやるスポーツなのか。


 どうでもいいことだが、桐ヶ谷と双葉はどちらも火起こしを選んだようだ。スポーツ系なのかと思っていたのでどうしてかと聞いたところ、「面白うそうだけど、火起こしなんて普通やらないじゃん」というどこかに書いていそうなごくごく普通なことを言われた。


 俺は部屋からリュクを持って部屋を出た。野鳥ウォッチングを選んだと言っても、野鳥が見たいわけではなく一人になれる空間が欲しかったのだ。野鳥ウォッチングは団体でやるので俺に向かないかもしれないが、全員の後ろについていけば一人になることはできる。


 これは自然と身についた技術だ。自然と身につけと言った方が正しいのかもしれない。一人が好きなのではなく、好きにのかもしれない。


 それを悲しむようなかわいい性格ではない。これも能動的ではなく、受動的なのかもしれない。だが、今はそんなことはどうでもいい。過去が今を作ると言うが、結局大切なのはだ。過去のことを考えてもしょうがない。


 俺は今の俺でいいと思っている。昔に何があろうと、これから何があろうと、俺は俺だ。移り変わるときの流れに身をゆだねることなく、己が身の丈に合った行動のみをする。例えそれが、時代という流れを逆流し、あらがう道であろうとも。


 ◇◇◇


 野鳥ウォッチングが始まった。俺が想像していたよりも人数が少ない。周りのやつらの話を聞くとカバディが人気らしい。天地がひっくり返るような思いとはこのことなんだろうな。


 俺たちは今、山の中を歩いている。野鳥ウォッチングがあるだけあってこの辺りにはたくさんの野鳥がいる。静かな森にいるので鳥のさえずりがよく聞こえる、なんてことはなく・・・・・・


「ねぇねぇタキ、山過ぎなぁ~い?」

「そりゃ、山に来てるからな」

「それぇ~」

「シノ、元気すぎだろ」

「だってぇ~、それが取り柄だもぉ~ん」


 俺の前にいるやつらがうるさすぎる。特に語尾が胸くそ悪くなるほど長い女子。こいつがとにかくうるさい、面倒くさい、目障めざわり、腹が立つ。


 髪は水色で肩よりも少し長い。それが気にならないくらい俺の嫌いなスポットにドンピシャな雰囲気を漂わせている。きゃぴきゃぴしていると言うか、ふわふわしていると言うか・・・・・・とにかく関わりたくない。


 そして横にいるのは高身長の黒髪短髪イケメン君。いつぞやの早乙女さおとめ先輩と同じように、ザ陽キャ、ザモテ男といった印象だ。たしかサッカー部のエースか何かだったような気がする。


 どちらも名前がわからないので女子の方をシノ、男子の方をタキと呼ぶことにする。別に俺が勝手にそう呼ぶことにしたのではなく、お互いにそう呼び合っていたためこう呼ぶ。


「もうぅ~、疲れたぁ~」

「シノ、まだ始まったばかりだろ」

「だってぇ~」

「はぁ」


 おい、タキ。お前がそこでため息をつくな。話に関係ない俺の方がため息をつきたい。お前は頑張ってシノの相手をして、その話題に収拾をつけろ。お前が放棄してしまったら誰がそのゴミのような会話を拾うんだ?


 大体、そんなに嫌ならここに来るなよ。残り九個のうちどれか一つは体を動かさなくてもいいのがあるだろ。例えば、百人一首のやつとか。もう林間学校関係なさ過ぎる・・・・・・


 まぁ、あいつらのことはあいつらに任せるとして、俺には他にも気になることがある。何の因果いんがか知らないがここにあいつがいるのだ。あの小動物のような、チワワのようなやつが。


 俺は一人でおどおどして歩いている一見不審者のようなやつに歩み寄った。普段なら誰かの近くに自分から行くことはないが、のために大隅おおすみと親しくなっておいた方がいいだろう。


大隅と俺の目が合う。すると大隅が俺に向かって何度もお辞儀をした。俺はあいつの上司か何かなのか? それにそんなに何度も頭を上下させて頭が痛くならないのか?


 そして俺に注意を払っていたことがわざわいしてしまったのだろう。一言断っておくと俺のせいではない。俺はお辞儀しろとも、足下に注意するなとも一言も言っていないのだから。


 大隅が少し水気の多い場所に踏み込んでしまった。そのせいでバランスを崩して片膝をついてしまった。右手と右膝に泥がついてしまっているのが近くにいなくともわかる。


 ちなみに雨も降っていなかったのにどうして水気が多いかというと、この辺りには小川のようなものがあり、その水が、と言うよりもそこに向かう水が所々地表に現れているらしい。


「大隅、大丈夫か?」

「う、うん・・・・・・へい、き・・・・・・」


 俺は早歩きで大隅のもとに行って声をかけた。言葉とは裏腹に大丈夫ではなさそうな言い方だ。

 リュックからタオルを取り出す。


「使え」

「い、いいよ。悪いし・・・・・・」

「遠慮するな。遠慮は他人のためにするもの、今の俺は遠慮されたところで一切徳はない」

「・・・・・・ありが、とう」


 大隅がタオルを受け取って立ち上がる。そのまま手と膝を拭いた。


「えっと・・・・・・洗ってから返すね」

「いや、今返してもらえばいい」

「遠慮・・・・・・しないで・・・・・・」


 最近このパターンが多いな。『人の振り見て我が振り直せ』とはよく言ったものだ。


「そうか、なら頼む」

「う、うん」


 顔が赤くなっているのは日焼けではなく、こいつの性格故だろう。ちなみに、まだ紫外線がものすごく強い季節ではない。


「あれれぇ~、大丈ぉ~夫ぅ~?」


 頭のおかしな言い方のやつが来た。その声が聞こえた方向に向こうとした瞬間、大隅が一歩早く逆方向を向くのが見えた。一瞬不思議に思ったが、俺は声のした方向を向いた。


「ねぇ~、大隅さぁ~ん。大丈夫だったぁ~?」

「う、うん・・・・・・平気だよ、篠山ささやまさん」

「そっかぁ~、ならよかった」


 とってつけたような笑顔が篠山志乃しのの顔に浮かんでいる。寧々ねね三波みなみよりも下手くそな笑顔だ。それに見ているだけで腹が立ってくる。


「こっち向いてよぉ~、大隅さん」

「か、顔が、汚れて、るから・・・・・・」

「ならぁ~、余計に見たいなぁ~」


 と言うと、表情に隠すに隠しきれていなかった本性が現れた。俺にはどうでもいいことだが、さっき絡んでいたタキに背を向ける状態になっているのでこいつの顔はタキには見えていない。


「あんたみたいな、男子にこび売りまくってよいしょされてる汚い女の顔が汚れてるなんて、見たいに決まってるでしょ。なんなら、顔面がんめんをその地面にこすりつけてあげようか? ははっ、この前のケーキ思い出すわ」


 俺は大隅の方を見た。俺と初めて会ったときよりも、と言っても昨日のことだが、震えていた。


「私のタキにこびを売った罰よ」


 と言って表情をやわらげさせて反転した。


「大丈夫だってぇ~」


 篠山が俺たちに背を向けて歩き出した。俺はその後ろ姿を目で追うこともせず、大隅の肩に手を置いた。


「安心しろ。あいつの言うことなんか気にするな」

「・・・・・・」


 無言の返答が来る。確かに、ほとんど初対面の俺にそんなとを言われても心は軽くならないかもしれないな。


 だが、

「俺は色んなやつを見てきた。特に心が腐っているやつらを多くな。そのせいで大体のやつのことは見てわかるようになった」


 まったくうれしくもないが。


「その俺の目と頭が言っている。大隅は大隅だと」

「・・・・・・」


 そして、あいつのさっき見せた表情こそあいつだと。

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