第42話 一ノ瀬和也は仕掛ける
――
――まぁ、どっちも知ってるけど・・・・・・どうして?
――さすがと言えばさすがだが、これについてはお前の社交性を
――・・・・・・ありがと、でいいのかな?
――それはそれとして、二人と知り合いならばどちらか一方でもいいからキャンプファイヤーに人を誘うように言え。できれば両方、さらには取り巻きも。
――どうして?
――二人の方が効率がいいし、取り巻きが盛り上げればああいうやつらの行動力は増すからな。
――そうじゃなくて、どうして誘えって? しかもその二人に?
――いいから。
――わかった。・・・・・・言っておく。
今から約二時間前の会話の省略番だ。俺は双葉に協力を願った。俺はあの二人のことをまったく知らないからな。動こうにも動けない。
現状の説明をしておくとキャンプファイヤーの開始まで残り後二十分と言ったところだ。そして俺は他の大勢が集まっている会場、ではなく少し離れた森の中を歩いている。木々の脇目に添って歩みを進める。
俺が他のやつらから隠れているわけではない。隠れた場所で話し合いをしたいやつがいるようだ。話し合いをしたいやつ、その相手のどちらも俺ではない。なのに俺はその話し合いの行われる場所に向かっている。
どうしてか、と言われれば少し返答に困る。解答はできるのだが、その意図があまり明瞭に説明できない。説明したくないの間違いかもしれないが、今はその辺りは問題ではないだろう。
絵に描いたようん展開だ。誰もが予想できるが、誰も現実に起こりえないと思っている展開。なのにそれをしてしまうのは追い込まれた人間の
人間とは面白いものだ。群れることも、単独になることもできる。餌を分け合うことも、独占することもできる。
俺からしてみれば群れをなすなど
少し話が逸れてしまったが現状報告に戻ろう。
「九十九は青葉をキャンプファイヤーに誘った。そして青葉はその誘いを承諾した。その少し前に
「同じ班にいたやつと踊ろうとしていたのなら篠山でもよかったはずだ。もちろん
「ふっ、
「しかも自分の失態を八つ当たりで返上しようなど
徐々に木しかなかった視界が開けていく。
「そう言えば、かのショーペンハウアーはこう言った、『男同士は本来互いに無関心なものだが、女は生まれつき敵同士である』と。これが本当かどうかはさておき、全くの的外れというわけでもなさそうだな」
「そう言えばこうも言っていたな。『天才は平均的な知性よりは、むしろ狂気に近い』。今のお前の狂気的な行動は、天才的な行動なのかもしれないな。はっ、そんなことはないか」
俺の視界が完全に開け、目の前に二人の女子が現れる。その二人が誰と誰なのかは言わなくてもわかるだろう。
「なぁ、そうだろ、篠山」
篠山が木に寄りかかってへたり込んでいる大隅から目を離して俺の方をにらんでくる。こういうときまで「どうしたのぉ~」とか言ってきたら本当に狂気だったんだが・・・・・・面白くないな。って誰かの口癖みたいなことを言ってみた。
「あんた、
「その呼ばれ方は
「キモ。あんたみたいな陰キャぼっちがしゃしゃんなよ」
「『孤独は優れた精神の持ち主の運命である』」
「何それ。陰キャの言うことはわけわかんない」
「『孤独を愛さない人間は、自由を愛さない人間にほかならない。なぜなら、孤独でいるときにのみ人間は自由なのだから』」
「だからなんなのよ!」
篠山が俺の方に、いらだちをまったく隠すような表情で歩いてくる。一人取り残される形になってしまった大隅が俺の方を心配そうな顔で見てくる。誰かに心配されるなどいつぶりだろうか。
おおよそ一メートル先で篠山が立ち止まる。腕組みをし、いかにもな雰囲気をまとったその姿は気の弱い人、若しくは普通の人でも身構えてしまうかもしれない。生憎、俺はこういうことになれてしまっているから平然としてしまうのだ。
だが、その態度が裏目に出たらしい。秒を重ねる毎にその雰囲気が悪い方向に流れていく。面倒くさい、ものすごく面倒くさい。こんなやつに絡真なければならなうなった俺の境遇を恨みたい。
「あんた、調子のんな。タキが本気であの子を誘ったかどうかわかんないじゃない。遊びか、夢を見させてあげようっていう思惑かもしれないじゃん」
やれやれ。夢を見ているお姫様が何かを言っている。
人を突き動かすものは夢だ。夢見ることを忘れた賢者は歩むことなく衰退していく。例え貧しくとも、老いていようとも、愚かであろうとも夢を見続ければ人は進歩することができる。
『夢』とは、草花のように優しく愛でれば美しく育ち、人の目のようにまっすぐと見続ければ自ずとその輪郭がはっきりとなり、夕暮れのように人の心を動かすものである。
などという戯れ言を言うつもりはない。夢とは所詮夢だ。見ること自体はいいが、追い求める価値のあるものかどうかを判断しなければならない。
『夢』とは、美しい花と雑草のようにものによって落差があり、人の目のように透き通ったものと濁りきったものがあり、感情の違いで捉え方の異なる夕暮れのように美しくもの寂しいものだ。
一言で表すことなどできない、それが夢だ。優れた夢を見ることのできるものを賢者と言い、愚かな夢を見る者を愚者と言う。そのことを知らない者を、人は冒険者とでも言うのだろう。
「はぁ」
少しばかりため息をつく。
「人間が会話の最中に髪を触る仕草の意味は色々ある」
「は? 話聞いてんの?」
「退屈している、自分をよく見せたいという意味合いもある」
「だから、話聞いてんの!」
篠山のいらだちがピークに達したようだ。だが、そんなことはどうでもいい。今は俺の番だ。
「だが相手が異性の場合は相手に緊張している、好意を抱いているといった意味合いの方が大きい」
篠山の顔にほんのわずかだが影が差した。
「お前と話すとき、九十九はまったく髪を触っていなかった。そして九十九が青葉と会話するときはしっかりと髪を触っていた。九十九だけではなく、青葉もな」
「えっ?」
篠山がぽつりとつぶやいた、どうやら俺はわずかに差した影を広げてしまうトリガーを引いてしまったようだ。
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