第43話 一ノ瀬和也の仕事は終わる
「そ、それがどうしたって言うの? な、何が言いたいのよ!」
「だから、お前の入る余地なんてねぇんだよ。
「ま、まだ決まったわけじゃないでしょ!」
「呼吸の乱れ、言葉の滑り具合、表情、それらを見ればなんとなくわかる」
とは言え、俺にわかるのはわかりやすいやつらくらいだ。
そんなことより目の前の篠山の様子がおかしい。常時おかしいと言えばおかしいが、そういう意味ではなく普通におかしい。何が言いたいのか俺もよくわからなくなってきた・・・・・・
「嘘よ、嘘。そう、全部大隅さんが悪いのよ。あいつのせいで全部狂ったんだわ」
面倒くさい。本気で面倒くさい。まじで何がしたいんだ?
「あんたのせいで!!!!」
篠山が大隅を指さしながら大声で怒鳴りあげた。その姿にへたり込んでいた大隅の体が縮こめる。小動物みたいだ。体は人間、心は小動物・・・・・・キツいな。
「いい加減にしろ」
「何!」
俺の方に体を戻して何やら言っている。いい加減現実を認めろよ。
「お前の脳みそはその程度なのか。自分の地位を確かめたいがために他人を陥れることしかできないお前がこれ以上大隅に構う理由は何だ? 八つ当たりか? 何でもいいが考えていることすべてがクズだ」
「あんたに何がわかんのよ! あいつのせいで!」
本当に面倒くさい。面倒くさい、面倒くさい、面倒くさい、面倒くさい! 俺はこういう生き物が嫌いだ。己が身の丈から目をそらし、己が身の丈をはき違え、その結果他人に迷惑を被る。
思い上がることしかできない生き物、他人を道具としか思うことのできない人間、それがこいつらだ。生きることの価値を勝ち負けのような基準でしか考えることができないのは残念だ。残念だ、さらに残念なのはその残念さを他人にも伝染させることだ。
「俺にはお前の考えていることも、やりたいこともまったくわからない。もっと言うとわかりたくもない。お前のようなやつらと俺のようなやつらは対局に位置する、故にお互いの考えていることはわからないだろう」
「だが、お前のやっていることの善悪くらいはつけられる。はっきり言ってお前の行動は悪だ。人の心を持たないやつらのすることだ」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
「まぁ、俺が言ってもしょうがないだろうな」
これから先は俺の仕事ではない。あいつらの仕事だ。俺は大隅を回収してさっさと帰るとするか。
俺は大隅の方歩み寄った。涙目ならまだよかったのだが、すでに涙がこぼれだしている。俺が出てくるのが悪かったのか、それともこうならないように大隅に言っておくべきだったのか・・・・・・どうするべきだったんだ・・・・・・
罪悪感、いや無力感と言うべきなのだろうか。俺が人助けなんて柄ではない。そんなことをするスーパーヒーローにもなりたくない。それなのにこんな感覚を抱いてしまうのは人間としてしょうがないことなのか・・・・・・
「大丈夫か?」
「う、うん・・・・・・ごめん、な、さい・・・・・・」
「はぁ、謝るな」
おそらく謝らないといけないのは俺の方だしな。
それに・・・・・・
俺は大隅に右手を出した。
「こういうときは、『ありがとう』だろ」
「・・・・・・ありが・・・・・・と、う」
大隅が俺の手を取って立ち上がる。これはキャンプファイヤーは不参加かもしれないな。この辺りの地面がゆるいせいか泥だらけだ。こいつはおかしな運が強いらしい。
そのまま大隅とともに歩き去る・・・・・・
「何してんのよ!」
って、できるわけないか。こいつ、本気でうっとうしいな。
俺は何やらムキになっている誰かさんの方を見た。今でも大隅と手を繋いでいるのは見せつけるためではなく、そうした方がいいと思っているからだ。
「安心しろ、俺は放っておくが、そいつはお前に話があるみたいだからな」
「誰のことよ!」
「後ろを見て見ろ」
「後ろ・・・・・・」
篠山が俺から目を離して後ろを向く。そこには、俺が呼んだ(実際には俺に頼まれた
まぁ、たまたま俺の通ってきた道にあいつがいただけで、一緒に来たわけではない。さて、俺たちは帰るとするか。
俺と大隅は篠山の横を通って俺が来た道に行った。通る瞬間に篠山の横顔をちらっと見たが、驚愕の表情を浮かべていた。そうだろうな、なにせそこに居るのは・・・・・・
「た、タキ・・・・・・」
「もっとましな言い方をした方がいいんじゃないかな?」
「どうも、あとはどうぞごゆっくり。だが、この一件にはお前が深く関わって居るぞ、九十九。と言うか気づいていたんじゃないのか?」
「だったら止めている! 裏で何があったかなんて・・・・・・」
「お前、単に自分のせいで悪化するのが怖かったんだろ」
「くっ・・・・・・」
ただでは返してもらえなかったが、これでいい。結果的に言いたいことは言えた気がする。俺らしいいい解決策だった。目立たずに、周りを巻き込むことなく解決できた。
プラスマイナスで言えば結果的にはプラスだろうが、マイナスは決してなくならない。もう少し早ければ、大隅への被害を抑えられたのかもしれないのに・・・・・・
結局俺は、昔も今も他人を助けることなんてできないんだ・・・・・・結局俺は・・・・・・俺は・・・・・・
助けようとした人を、必ず傷つけてしまうんだ。その人の人生を狂わせてしまうんだ。
人を助けるのに、理由も資格も許可もいらないなんてきれい事だ、戯れ言だ、絵空事だ。そんなことを言えるのは他人を助けることができる能力を持つやつだけだ。俺は、そんな能力を持ち合わせていない。
「
俺の手を握ったまま山道を下っている大隅が俺に話しかけてきた。ああ、手を離すのを忘れていたな。多分そのことだろう。
「ありがとう」
俺はその言葉に驚いて大隅の顔を見た。未だに涙を流しているのに、悲しそうな顔をしていなかった。なぜか、その口元は笑みを浮かべていた。表情は輝いていた。
反射的に顔を背ける。大隅の顔を、表情を、雰囲気を見ていられなかった。
俺は感謝されるような人間ではない。もしかしたら、大隅を助けたのも自分のためかもしれない。きっとそうだ。
あいつを助けようとして、逆に悲しませてしまった自分へのせめてもの罪滅ぼしとでも思ったのかもしれない。自分を攻撃してきたやつらへの復讐とでも思ったのかもしれない。
どちらにしても俺にそんな言葉は似合わない。
そうだろ、
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