第5話 一ノ瀬和也は作戦会議をする
俺は青春、特に恋愛、ラブコメなんてものが嫌いだ。そんなものに時間を使うなど無駄すぎる。なぜならラブコメなんてものはこの世に起こりえないのだから。
―― おーい
別に俺がひねくれているとかそんなんじゃない。だってそうだろ、この世にハーレム展開やら幼なじみ展開やらなんかがあってたまるか。
―― おーい
―― おーい
大体、陽キャというものも俺は好きではない。人のことを見下している罪の意識もなく、のほほんと学校生活を
―― ねぇ、ちゃんと話聞いてる?
あいつらはグループという隠れ
―― 聞いてよ! いい加減にしたらどう?
まぁ、それについてどうこう言うのも悪くはないと思うが、俺はそいつらに一言ものを言ってやらないと気が済まないということもない。いや、むしろ言いたくはない。
―― ねぇ。・・・・・・あっ、すみません
俺は普通の暮らしができたらそれで十分なんだ。静かに一人ライフを過ごして、自分だけの時間を楽しみたいんだ。だから、俺はラブコメ展開のように陰キャが陽キャになるために頑張るようなことなどしない。ましてや、誰かの思惑によってそんな展開に引きずり込まれるなんてまっぴらごめんだ。
「あなたのせいで怒られたじゃない」
「一体何の話しだ?」
俺は目の前で恥ずかしそうに顔を赤くしている
俺と桐ヶ谷は学校から少し離れたファミレスに来ていた。誰かとファミレスに来るなんて初めてなのではしゃいだ、何てことはなく、俺と桐ヶ谷はドリンクバーだけを注文する面倒な客として席に座っていた。
「それで、これからのことだけど」
「悪い。飲み物持ってくる」
「は? 空気読める?」
「文章なら読める。ただ、俺はお前と違って目がいいわけじゃないから、空気は読めない」
桐ヶ谷は何か言いたげな顔をしていたが、面倒ごとには巻き込まれたくない(すでに巻き込まれているが)ので、そそくさとドリンクバーの方に向かった。
ドリンクバーっていいよな。何でも飲んでいいんだぞ。原価二〇円ほどの飲み物に学生がたかるんだぞ。すごいよな。
俺は他の飲み物には目もくれずコーヒーマシンに行って、ホットのボタンを押した。待っている間に同じく高校生らしきキャピキャピの女子が隣に来て、はしゃぎながらオレンジジュースを入れていたので俺は顔を
知り合いでも何でもないので顔を見られたからと言って何の障害もないが、どうせ、ああいうやつらは俺がいなくなった後、「見たー、さっきのやつ」「見た見た。何かダサいって言うか、キモいって言うか」「マジそれな」みたいなことを言うに決まっている。
俺は淹れたコーヒーを持って桐ヶ谷の待つ席に向かった。俺が座ると桐ヶ谷は顔に似合わずむすっとした表情をしていたが、それにはかまわずコーヒーを一口すすった。
「ふぅ」
少し長めに息を吐いて気持ちを落ち着かせる。今日も疲れたな。
「よし、帰るか?」
「まだ何も話してないじゃん!」
机を叩きそうな勢いで手を振りかざしたがあと一歩もところで踏みとどまった。さすがに常識力が感情を上回ったのだろう。
だが、そうしなくとも周りの人は俺たちに注目していた。桐ヶ谷が大声を出したせいだ。どうしてくれるんだ?
そんな桐ヶ谷は顔を下に向けて、小さくなっている。俺はと言うと、この場からすぐに帰りたい気持ちでいっぱいだったが、それはそれで注目されるし、かといってこいつと同じ反応するのはいやだったので平然を装ってコーヒーを飲んでいた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
よくわからない静寂が流れる。おい、こうなったのはお前のせいなんだからなんとかしろよ。
そうは言っても周りの人の興味はさほど長続きしなかった。俺たちに何も進展がないのが面白くなかったのか続々と午後のティータイムに戻っていっている。動物園の動物になった気分だ。
「よ、よかったー」
桐ヶ谷が文字通り胸をなで下ろした。いや、よくねぇよ。変なところ見られたじゃねぇかよ。
「と、とりあえず、作戦会議」
とは言っても、俺もなんだか巻き込まれたみたいなので、その作戦会議とやらに参加する。
そう、俺はなぜかこいつの
「私たちが付き合う期間だけど」
「明日だけ」
「冗談言わないで」
「冗談のつもりはさらさらないんだが」
じとっという目で俺を見てくる。そんな目をされても俺は本当に冗談でも、受け狙いでもなく、大真面目にいったんだが。
「それじゃあ、すぐに戻っちゃうじゃん」
「さっきも言ったろ。俺は面倒ごとは嫌なんだ」
「これがあってもそんなこと言える?」
桐ヶ谷は得意顔でスマホを持って宙で左右に振った。お前、学校にいるときはインフルかって疑いたくなるほど顔真っ赤だったんですけど?
だが、あれをむげにすることはできない。なぜならあそこには俺の犯罪の証拠ではなく、俺の犯罪の偽装証拠が入っているからだ。
「はぁ、どのくらいがいいんだ?」
「そうねぇ、二年生が終わるまでは?」
「却下。長すぎる。それは俺に死ねといってるようなもんだ」
「は? そのくらいにしないと意味ないでしょ」
「頭ぶっ壊れてるのか? 三ヶ月もあれば十分だろ」
「短すぎよ」
ほぼ初対面の女子とこれだけ話せるのはすごくないか? というのは置いておいて、全く話しがかみ合わない。どうしてこう陽キャは自分の意見が通らないと不機嫌になるんだ?
「二年生が終わるまでという根拠は?」
話を進めるために、とりあえず理由を聞いてみた。
「なんとなく」
桐ヶ谷は自信満々な顔をしてそう言った。
陽キャどもは大体こうだ。なんとなくで付き合ってみた。なんとなく別れた。なんとなくあいつウザいからいじめよ。なんとなくあいつキモいからはぶろ。なんとなくあいつあれじゃね? あれって何だよ!
おっと、取り乱した。とにかく、陽キャどもは感情にまかせて動く猿人のようなものだ。理由を考えるということを放棄して、感情にまかせて動いている。やはり陰キャこそ正義だ。
「じゃあ、三ヶ月ってどういうことよ?」
お返しといわんばかりに言ってきた。ふっ、俺をお前と一緒にするなよ。
「人の噂も七十五日だ。お前のことなんて七十五日もすればみんな忘れる」
「そんなこと ――」
「人はそう言うものだ」
桐ヶ谷が何か言おうとしたが言いきる前に製した。まだ不満げな顔をしているが話を続ける。
「それに、三ヶ月もすれば林間学校と体育祭が終わる。行事も続けばそれだけ忘れやすくなる」
「・・・・・・」
勝った。桐ヶ谷は何も言い返せていない。この勝負俺の勝ちだ。
「・・・・・・いいわ。じゃ、三ヶ月」
「決まりだな」
ようやく口を開いた桐ヶ谷が発した言葉は俺の意見への賛同だった。やはり、論理的に考えるのは陰キャの方が向いているのかもしれない。
俺がそんなことを考えていると桐ヶ谷は自分のほおを「ペチッ」とかわいげに叩いた。おいおい、こんなこと本当にするやつがいるのかよ。
その後、邪念を追い払うがごとく頭を左右に小さく振って気合いを入れ直した表情になった。うちの学校のトップ層がこんなやつでいいのかよ。
容姿が優れていれば他に何が悪くても周りから持ち上げられる。この世界は理不尽な世の中だ。どこかの誰かが『人生はクソゲーだ』と言っていたが俺も同感だ。だが、俺はゲームをあまりしないからこの例えはいまいちピンとこない。
俺に言わせれば、
この社会は生まれたときから弱者と強者が別れており、陽キャと呼ばれる幻想を抱く者のみが優遇される世界。
言い換えれば、
「それじゃあ、後はどのタイミングで私たちが付き合ってるって ――」
「あれー、音杏ちゃん。どうしてこんなところにいるの?」
桐ヶ谷の声は俺の後ろの方から聞こえた年上の声に飲み込まれた。声を聞くだけで年上だとわかるのは、俺がその声を知っているからだ。
いや、俺だけではなくほとんどの生徒が知っているだろう。このカースト上位に位置する、三年の先輩を。
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