第34話 一ノ瀬和也は電話する
俺たちはオリエンテーリングを早めに終わらせて宿舎に帰っていた。教員に
しかも例の
そのことはいったん置いておいたとして、俺は桐ヶ谷を養護教諭に引き渡して部屋に戻った。この後は特に行事がなく、飯を食って風呂に入り寝るだけだ。俺たち以外にも帰って来ている人は結構いた。
食堂も混んでいたので先に風呂に入ることにした。
風呂は相当
俺をちらっと見ながら横を通り過ぎていったやつの一人が後ろで「うわっ」と言う声を上げた。俺が振り返ると、俺の方に指をさして驚いたような顔をしていた。一体どうしたんだ? 幽霊でも見たのか?
・・・・・・あっ、すっかり忘れてた。痛みも治まったし、昔のことだから頭の中から消えていた。鏡で背中なんて見ないしな。
俺は前を向いて、体を洗える場所に向かった。久しぶりに思い出してしまった。まぁ、これを忘れるのもどうかと思うがな。
◇◇◇
風呂から上がった俺は食堂で一人楽しく飯を食って部屋に戻った。部屋には人が半分ほど、つまりクラスの男子の四分の一がいた。それだけの人数なのにわいわいガヤガヤ騒いでいて工事現場かと思った。
俺はその輪の中に入るわけも無く、スマホを持って部屋、宿舎の両方を出て森の中に入った。教員はこの
俺は少し開けた場所に来た。そして持ってきたスマホに指を走らせて、
――プルルルル。プルルルル。あっ、カズ。
あいつの声が聞こえる。この時間なら出られるだろうと思ってかけたが、かかると切りたくなるな。
「
――カズからかけてきてくれたんだから、お風呂の最中でも大丈夫だよ。
うれしくもない言葉だな。
――あっ、今、エッチな想像したでしょ。ふふふ、カズも男の子だね。
どんどん切りたい衝動が高まってくる。やはり
「・・・・・・本題に入っていいか?」
――大丈夫。もう少し無駄話したいけど。
俺は絶対にお断りだな。
「
――・・・・・・カズ、私は関わらないでって言ったよね。
「知らないな。とりあえず教えてくれ」
――私の忠告を無視したあげく、私に
いちいちウザい。面倒くさい。クズイ。これだから俺はこいつが嫌いなんだ。プラス、こいつにしか頼めない俺自身もたまに嫌いになる。
「はぁ、寧々、頼む」
――一応聞くけど、そんなこと聞いてどうするの?
本当に一応の質問だな。
「できるだけ緩和する」
――そういう風に弱い人に優しくしてくれるカズのこと、私は大好きだよ。その優しさを自分にも向けて欲しいと思うけど・・・・・・
俺は十分自分のために動いている。これ以上自分のために動くことができないと思うほど十分にな。もしも俺が優しいと本当に思っているのならばそれは大違いだ。俺は俺のためにしか動かない。
今回も自分の地位を高く見せるために誰かを使うやつらが嫌いだからやるだけだ。大隅のためではない。
――でもカズ、交渉が下手くそだよ。
「・・・・・・お前とデートする約束をしているだろ」
――その夜、私の家に泊まらない?
デートはあくまで
「それは悪いだろ。お前は受験生だからな」
――別に平気。どうせ受かるから。
お前、今、全国の受験生を敵に回したぞ。それでもいいのか? 別に俺には関係のないことだから俺としてはいいのだが。
ともあれ、そういうことならこいつに協力は頼まない方がいいな。こいつの家に泊まったら俺はおそらく殺される。そうでなくても寧々と一緒にいるだけでアレルギー反応が出そうだしな。
「そういうことなら今回はお前の助けなしでやる」
――大丈夫? 一緒に寝るくらい平気でしょ?
「
――なるほど。そんなに興奮しちゃいそう?
「お前は少々常識を学ぶべきだ」
――学んでいるからこその反応だと思うけど?
話すのが
――まぁ、いいけど。カズのそういうとこ、本当に好きだから少しくらい手伝ってあげる。隅ちゃんのことをよく思っていないのは、
教えるんだな。まぁ、なんとなくわかっていたことだが。
「理由は?」
――それは自分で考えて。
教えないんだな。まぁ、なんとなくわかっていたことだが。
それでもどんなやつかが想像できるようになっただけましだ。俺の嫌いなタイプということはチャラチャラした感じか、それともウキウキした感じのどちらかだろう。いじめをするとばると前者の可能性の方が高いが。
「寧々、ありがとな」
――カズの頼みだから。
いちいち名前を呼んでくるな。俺の頼みなら何でも聞いてくれるのか? それならば、もう二度と俺に関わらないでくれ。
――あっ、でもいくらカズの頼みでも、カズと距離を置くのはちょっと難しいかな。距離を置いちゃうと、恋心が私を焼きそうになるから。
『恋に身を焦がす』とはよく言ったものだ。いっそのこと燃え尽きてしまってくれた方がいいのだが。
とは言え、寧々のコネクションを
「そろそろ切るぞ」
――そうだね。わざわざ林間学校っていう学校行事の合間を縫って、私にかけてきてくれたのはうれしかったよ。
言い方が気にくわない。事実だが、事実無根だ。
――カズ、これだけは覚えておいてね。『戦は六、七分の勝ちを十分とする』。完璧に勝とうとしないで。
「ああ、覚えておく」
そして俺は通話を切った。そしてそのスマホをポケットに入れた。
それにしても腐っても寧々だな。太閤さんも大喜びだ。
さしずめ、俺は「一ノ瀬」ではなく「一の瀬」と言ったところか。
「パキッ」
ほんの少し余韻に
俺は教員かと思って振り返った。怒られるのが怖いわけではないが、面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ。まさか、ばれるとは思ってもいなかった。
だが、そこにいたのは教員ではなかった。ピンク色のボブ、
ピンクと言ってもくどい感じではない。俺が見ても不快感を覚えないのは、色が
それそれほど暗いわけではないので顔もよく見える。寧々よりと言うか、どちらかというと双葉寄りの顔だな。つまり、一般的に見てかわいい顔だろう。あくまでキャ間的な意見に過ぎないが。
それにしてもどうしてそんなにおどおどしているんだ? 俺が怖いのか? 初対面のやつの前でよくそんな態度がとれるな。俺も褒められた態度ではないのだが。
ん・・・・・・待てよ。背が小さくて、小動物みたい・・・・・・誰かがこんなやつのことを言っていた気がする・・・・・・もしかして。
「お前、
大隅とおぼしき生き物の体がビクッと反応して、顔に恐怖の色が強くなる。どうやら正解のようだな。出会い方は不正解のような気がするが。
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