第33話 一ノ瀬和也は弱い人に甘い

 俺は桐ヶ谷きりがやの処置をほとんど終えた。本当ならばRICE処置を行うのがいいのだが、捻挫ねんざと言うほど大げさなものではなく、軽くひねった程度のようなのでテーピングだけにしておく。


「これで大丈夫だ」

「ありがとう」


 俺は立ち上がって自分のリュックの方に向かって歩いた。そしてポーチをリュックの中にしまい、リュックを再び桐ヶ谷の方に向かった。


 ちらっと九条くじょう志波しばの方を見たが、なんともわかりやすく嫌そうな顔していた。自分の感情を隠すことができないのか、それとも隠す努力をしていないのか。おそらく後者だろう。


 そんなことに俺がいちいち反応するはずもなく、完全にスルーした。


音杏のあ~、平気そー?」

「まぁ、多分・・・・・・」


 そう言って桐ヶ谷が立ち上がる。さっきも言ったようにそれほどひどいものではないので、立ち上げることは可能だろう。それに、テーピングのおかげで固定もできているのも一役買っているだろう。


 だが、

「歩ける?」

「う、うん・・・・・・」


 ここは平坦なアスファルトではない。斜面がそこら中にある山の中だ。テーピングで固定されて歩きにくくなっている上に、ひねっている足がひどくなる可能性も大いにある。


 俺は桐ヶ谷のもとに行くと、リュックをかけて桐ヶ谷に背中を向けてしゃがんだ。


「・・・・・・何?」

「乗れ。んなこともわからないのか」

「なっ、何言ってるの!? そんなことできるわけないじゃない!」


 ギャーギャーうるさい。耳元でさけばれているわけではないが、高い声で叫ばれると脳天に響いてくる。なぜこいつはそんなに慌てているんだ?


「イッチーやる~」


 双葉ふたばまでも何やらあおってくる。全員どうしたんだ・・・・・・ああ、なるほど。確かに俺の行動を客観的に見れば、気取ったやつの行動にしか見えないな。そう考えると恥ずかしい、なんてうぶな反応を俺がするはずもない。


 第一、俺がこんなことをやっているのはそんな阿呆どもと同じ理由ではない。こいつの気を引こうとか、そんな考えを持っているようなやつに見えるのか?


「おい! 一ノ瀬いちのせ! 何をしているんだ!」

「そうだ! そんな風に気を引こうなんてキモいぞ!」


 だから、そんな下心を持っているように見えるのか? 俺からしてみれば、桐ヶ谷や双葉の荷物を持って、優しいですよアピールをしているお前らの方が頭がおかしいように感じるんだが?


 それを言ってもどうしようもないので、とりあえず理由か何かを説明しておこう。


「はぁ、こいつに歩かれるのが面倒なだけだ。けが人に歩かれて『痛い』だの『しんどい』だの言われるとイライラするから背負ってやると言っている。それに、せっかく応急処置をしたのに、歩かれたらすべてが台無しだからな」


 それ以上でも以下でもない。桐ヶ谷や他のやつが何と思おうと勝手だが、それを俺に押し付けてくるな。


「桐ヶ谷、早く乗れ」

「はいはいって乗れるわけないでしょ!」

「子供か。いや、子供は素直に乗るから子供以下か」

「それとこれとは意味が違うでしょ!」


 面倒くさい。とにかく面倒くさい。どうしてこいつはこんなにも意地をはっているんだ? そんなにプライドが高いのか?


「音杏、に甘えちゃえば~? それともお姫様抱っこの方がいいの? ならそう言わないと」

莉音りおん!」


 双葉、お前は楽しみすぎだ。お前はどう考えてもでは俺にがあるだろ。もっとも、そういう貸し借りは俺は嫌いなので一般的に言っての話だが。


 桐ヶ谷はそうやって反論しながらも、どうやら自分でも歩けない、歩いてはいけないと言うことはわかっているようだ。どうして俺がそう判断したかというと、後ろから小さく「はぁ」とあきらめのため息が聞こえてきたからだ。


 俺の後ろで足を引きずるような足音が聞こえる。その音が大きくなるにしたがって苦情たちの顔がけわしくなっていくのが見える。それならお前らが桐ヶ谷を背負えばいいんじゃないか? まっ、桐ヶ谷が嫌がるとは思うがな。


 俺の首に腕がまわされ、背中から柔らかな感触が伝わってくる。


「お、重いとか言ったら、だめだから」


 消え入りそうな声で何とか俺に伝えてきた。そんなことを言われても、俺としては元々言うつもりなどないので、ものすごくどうでもいいのだが。


「上げるぞ」

「・・・・・・うん」


 一応声をかけてから桐ヶ谷を上げる。

 重い、というよりもバランスが悪い。せめてリュックを誰かに持ってもらえばよかった・・・・・・そんなことを言っても後の祭りだが。


桐ヶ谷きりがやの体温、柔らかさ、息づかいを感じる。この状態で少しは感情が高ぶった方が普通なのかもしれないが、俺はどうやら普通ではないらしい。特に何も感じない。


「イッチー、これからどうする?」


 俺は双葉の方を向く。


「時間も時間な上に、桐ヶ谷もこの状態だからな。もう戻るか」

「そうだねー。音杏、それでいい?」

「私は一刻も早く降りたい・・・・・・」


 桐ヶ谷が照れたような声を出したが、この格好が恥ずかしいのだろう。俺が桐ヶ谷の立場だったら、おそらく消えてるな。


 双葉がニヤニヤしながら俺の方を見てくる。その顔に反応せずに俺は道を歩き出した。双葉も俺に続いて、と言うよりも桐ヶ谷について歩き出す。後ろを振り返ることができない状態だが、おそらく九条と志波もついてきているだろう。


 まったく面倒だな。別に俺はこういうことをするガラではないし、それほど力が強いというわけでもない。力も運動神経も普通だ。いて言えば、多少はが常人よりも上だろう。


「一ノ瀬・・・・・・」


 桐ヶ谷が俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で話しかけてきた。


「どうした?」

「その・・・・・・ありがとう」

「このくらい造作ぞうさもないことだ」


 本音を言うと造作をかけているのだが、そんなことを言う俺ではない。隠していることがかっこいいと思っているのではなく、他人に心配されるのが嫌いなだけだ。


「意外と優しいよね」

「『意外』とは心外しんがいだな。俺は他人を傷つけることはない。その点だけを見ると俺は優しい部類だ」


 より正確に言うと「他人を傷つけるはない」だが、そんなことは言わなくてもわかるだろう。人と関わらなければ、多少迷惑をかけることはあっても傷つけることはない。


 そんなグループ間での争いが引き起こすようなことは俺には縁もゆかりもないことだ。傷つくことはできても、傷つけることはない。俺はそういう人間だ。


「でも、本当にありがとう」


 そう言った桐ヶ谷が俺に体重をかけるようにもたれかかってきた。前に荷物を持っているのに、さらに前に押される形になるとバランスを崩しそうになる。


「おい、離れろ」

「いいじゃん。少しだけ」


 桐ヶ谷の腕に力が入って、俺を締め付ける。嫌がらせなのか、それとも桐ヶ谷が密着するようになっていることの副作用なのか。

 歩きづらくなっているという面で見れば両方とも不快には変わりないが、それらを単体で見たときの意味合いは異なるような気がする。


 どうでもいいことだが。

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