寧々とデート編

第45話 一ノ瀬和也は待ち合わせる

  波乱の林間学校は一週間前に終わった。もうあんな学校行事はやめにしたい。もっと言うと学校行事自体がなくなって欲しい。でも休んだら休んだで目立つし・・・・・・面倒くさい。


 学校行事と言えば残り二週間ほどで体育祭が来る。キツいな・・・・・・一人で落ち着いて過ごしたいな。


 ちなみに運動会と体育祭には名前以外の違いがある。主体が教員なのか生徒なのか、目的が運動なのか授業なのか、それらの違いがある。知ったところでこんなことを意識しているやつはいないと思うが。


 そして俺は今から体育祭に向けて休みの日にもかかわらず特訓、なんてキャピキャピどもがやるようなことはしない。いや、逆に体育祭の練習よりもキャピキャピしていて、なおかつより面倒かもしれない。


 このいつもの喫茶店(とは言っても、俺の行きつけではなく、の行きつけの店なので最近は来ていない)、本当に隠れ家のような木造建築の店。


 この辺りの人でもこれが店だということを知らない人は多いだろう。もしかすると人が中にいるということすら知らない人が多いかもしれない。


 つるにまみれた何の変哲もない小さな二階建ての建物。外にメニューどころか看板すらない。店名は『カフェ・ドルチェ・ヴィータ』だったはず。店構えに似合わずしゃれた名前だ。


 普通の玄関のような入り口の扉をあける。しかし、その中にあるのは靴を脱ぐための場所ではなくテーブルと椅子の並んだ喫茶店の風景。そこには見覚えのある女子が一人椅子に座って暇そうに頬杖をつきながら座っていた。


 俺の入ってきた音に三テンポほど遅れて寧々ねねが俺の方を向く。するとわかりやすくほおを膨らませて怒ったようなふりをする。やめろ、腹が立ってくる。お前と同じ空間にいるだけでも腹が立つのに、その感情をあおるな。


 俺は寧々の方に歩いて行く。店の人は見当たらないが、それはいつものことだ。多分奥にいるのだろう。それでもいつまでも客を待たせるような非常識なマスターでもないし、直ぐに来るだろう。


「カズ、遅いと思うけど」

「待ち合わせ時間五分前。完璧すぎると思うが」

「待ち合わせ十五分前に来て、待ち合わせの相手を待つのが基本。それで来た相手が『ごめん、待った?』って聞いたら、『全然、今来たところ』っていう一連の流れをするまでが待ち合わせだよ。ホント、カズって相変わらずだよね」


 どの口が言うか。その人の気を逆なですることしかできないお前の口にだけは言われたくない。とは言え、一部分はあっているかもしれないな。


「寧々、悪いな。待ったか?」

「十分くらい待った。どう埋め合わせしてくれる?」


 このやろう! 本当に面倒くさい。とっとと帰りたい。コーヒーだけ飲んで帰ろうか・・・・・・


「まぁとりあえず座って」


 寧々が俺に目の前の席を指さす。俺がそこに腰掛けるとほぼ同時に奥からマスターが出てきた。


「おやおや、誰かと思えば懐かしい顔ぶれがそろいましたな」

「お久しぶりです。俺は個人的に来たのは二ヶ月くらい前ですか?」

「そうですな。それよりも、あなた方二人が一緒に来られるのが、かれこれ二年近く前ではありませんか?」

「すみません。なかなか二人の予定の合うときがなかったので」

「俺の方も」

「いえいえ。お二人とも個人的に来てくださるので私としては感謝してもしきれませんよ」

「またまたー」


 白髪、白髭の常に和やかな老人、それがここのマスターだ。マスターの名前を知っている人がいるのかどうか俺は知らない。しかし寧々でさえ知らないのだから誰も知らないだろう。


「お二人はいつものでよろしいですか?」

「「お願いします」」


 マスターが笑いながら奥に戻っていく。「いつもの」で通る店がここ意外にあるのか無いのかはわからないが、いつも同じ物を頼んでいる俺と寧々も物好きなのかもしれない。


「力戦奮闘」


 油断していると寧々が急に口を開いた。いつものやつか・・・・・・


「右往左往」

「また『う』? 有象無象」

「・・・・・・人のこと言えた口か? 烏鳥私情」

「鬱々往々」

「鬱々怱々」

「・・・・・・有耶無耶」

「ふふふ、ネタ切れ? 大和撫子」

「それはありか?」

「有耶無耶も似たような物でしょ。一応四字熟語だし」

「はぁ、行雲流水」


 ◇◇◇


「お待たせしました。ホットコーヒーのブラックとアイスコーヒーのシロップ入りです。豆はお二人ともいつものを使っております」

「マスター、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 俺の方にホットコーヒー、寧々の方にアイスコーヒーが置かれる。マスターは俺たちが一声かけるとゆっくりと奥に戻っていった。


 コーヒーを一口飲む。なぜか寧々とそのタイミングがかぶったのだが、そのことを気にしてもしょうがない。それよりもやっぱりここのコーヒーはうまいな。甘み、コク、後味が他の店とは違う。豆なのか? 淹れ方なのか?


「美味しいね」

「ああ・・・・・・」


 ・・・・・・思わず反応してしまった。そのくらいは許容範囲内か・・・・・・


「そろそろ熱くなってきたのにホットなんだ。カズの七不思議の一つ」

「それはそっくりそのままお前に返す。年中アイスコーヒーのやつだけには言われたくない」

「年中アイスコーヒーと年中ホットコーヒー、どっちが多いんだろうね」

「知らん」


 俺の七不思議の一つって、他に六個どんな不思議があるんだ? 俺にしてみればお前の行動のすべてが謎なんだが?


「ふーん、ところで、今他にどんな不思議があるんだ、みたいなことを考えたでしょ」

「まったく。そう考える方が謎だ」

「ふふふ、まぁいいよ。ちなみに、不思議の一つはその服そうかな」

「・・・・・・俺の、服装?」

「そう。服なんて着られればいいって言う人がどうしてそんなおしゃれをしているのか」

「それは頭がおかしいやつら――」

「『郷に入っては郷に従え』じゃなくて、どうしてカズがそんな服を持っているのかってこと」


 どういうことだ? そんなもの買ったからに決まっているだろ。そんなこと三歳児でもわかることだぞ。


「はぁ、言いたいことがわからないって顔だね」

「当たり前だ。何が言いたい?」

「どうして私好みの服装なの?」

「・・・・・・うるさい」

「まっ、誰が最初に服装を教えたかを考えると当然かもね。嬉しいよ」


 ウザい。本当に帰りたい。・・・・・・服装はしょうがないかもしれないが、気にくわないな。誰かに聞いたりするか。


「それとカズ」


 寧々が左手の人差し指を立てて意味ありげに俺を呼んできた。意味なしに人を呼ぶやつはいないとは思うが。


「何だ? まだ何かあるのか?」

「確か、私のことを『寧々』以外で呼ぶのはだめって言ったと思うけど? さっき、『おまえ』って聞こえたようなぁ」


――ちなみに、デート中は「寧々」って呼んでね。もし、「お前」とか「おい」とか「紀野きの先輩」、「紀野さん」なんて呼んだら、罰ゲームがあるかも。


――それはそっくりそのままお前に返す。


 ・・・・・・記憶力だけはいいな。いい性格をしている。俺もそんな性格になってみたいものだ。


「はい、待たせた分と約束を守ってくれなかった分、お願いね」

「はぁ・・・・・・」


 ウインクをするな。お前はそういうことは不器用なんだから。ほとんど両目を瞑っているぞ。


 先が思いやられる・・・・・・帰りたいと言うよりも、もう今日一日の時間の進み方を五倍くらいにして、さっさと今日を済ましたい・・・・・・

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