新たな伏兵編

第23話 一ノ瀬和也は三波心愛と相対する

 俺は駅から離れる方向に歩いていた。桐ヶ谷きりがやはもう駅の中に入っただろうか? さすがにあそこでずっといるということは考えにくいだろう。


 気が立っているわけでも、落ち込んでいるわけでもない。いたって正常だ。正常なのになぜこんな罪悪感を感じるんだ。後悔はまったくない。なのにどうしてこんなに後味が悪いんだ。


 俺は少々早歩きで歩いていた。ちなみに俺はチャリで来た。ここからチャリ置き場まで歩かなければならないが、そんなことは造作ぞうさもないことだ。


 だが、急に、いやずっと立っていたのだろうが俺はこのときまで気づかなかっただけだが、俺の目の前に異様な人物がいた。


 服装がおかしいとか、持ち物がおかしいとは違う。そうではないが明らかに周りとは一線を画している。その線は俺に注目しているかどうかの違いだろう。


 そいつは駅の前においてある木の椅子に座っている。おしとやかにでも、無造作にでもなく、ただただ普通に座っている。礼儀正しくも、礼儀知らずでもない座り方。なのにそいつの様子は普通ではない。


 ゆっくりと立ち上がって俺の方に歩いてくる。俺は人がの横を通り過ぎる合間を縫って、そいつがスマホの画面を一度だけなぞってポケットにしまうのを見た。


 俺はその様子を見ながら立ち止まった。正直この場所で立ち止まるのはどうかと思うが、ここ以外にないのでしょうがない。


 三波みなみが俺と会話できる距離まで来る。琥珀こはく色の目が俺を見てくる。珍しい色だ。そんなどうでもいいことに気を向けられると言うことは俺もそこまでしていないということだな。


「本当はもっと後になってから近づこうと思ってたんですが、せっかく今日会えたので。予定の変更も、しょうがないですよね」


 こいつは何を言っているんだ? もっと後? 近づく? わけがわからない、だが、こいつが危ないことだけはわかる。


「ところで和也かずや先輩、そんなに見られると恥ずかしいです・・・・・・」


 さっき会ったときと同じかわいらしい声で、少し恥ずかしそうに言ってくる。確かに見ていたが、そう言う意味で見ていたわけではない。だが、確かに目を直視されるのは恥ずかしいかもしれない。


 が、

「三流演技はやめろ。反吐へどが出る」

「へぇ、人慣れしてないのにわかるんですね」


 低く、何の感情もこもっていない声が聞こえてくる。その顔も俺に一瞬だけ見せた影が差した顔になっている。これが本性ほんしょうなのか、演技なのかはこいつのことを知らなさすぎるのでわからない。


 はぁ、どこかのと同じような人種のようだ。なんとなくわかっていたことだが。と言うよりも、三波は見抜けって言いたかったんだろうが。


「参考までにどうしてわかったか聞いていいですか?」


 俺に見抜かれたことに驚いた様子も、どうして俺が気づけてか本当に気になる様子もなく、淡々たんたんと聞いてくる。


「別にわかったわけじゃない。お前のあのときの表情から誰かさんと同じような感じがしたから、警戒して念のため牽制けんせいを入れてだけだ」

「ふーん。つまりは私の自爆ってことですか」


 あらぬ方向を見ながら自分の行いをいるそぶりを見せる。だが、本当はまったく悔いていないことくらい誰が見てもわかるだろう。


「さすがはだけはありますね」

「・・・・・・」


 ぼそりと聞き捨てならないことを言った。


 どうしてこいつが知っている? 俺と同じ中学というわけではないはずだ。確証は持てないが、もしもこんなやつが俺の中学にいたらあいつらが騒いでいたはずだ。


「どうして知ってるかって顔してますね。まっ、私にはどうでもいいことですけど」

「俺にしてはどうでもいいことはないんだが」

「どうしてですか? 終わったことですよね?」

「それでもあの頃を蒸し返されると面倒だ」

「あぁ」


 と、何かを思い出すような声を出すと、急に笑顔になった。暗い部屋にいきなりLEDを最大の光量でつけるような変化だ。


を思い出すのは先輩でも大変ですか?」


 顔だけではなく声まで明るくなっている。

 三波の言葉を聞いて数秒後、俺は無意識のうちにクランチング型の歯ぎしりをしていたことに気づいた。あごの力を抜いて奥歯を自由にする。


「あれ~、もしかして私ひどいこと言っちゃいましたか? ごめんなさーい」


 体を前屈まえかがみにしながら両手の指だけを合わせるようにしながら、ゆっくりとした口調で謝ってきた。だが、その顔に笑みが浮かんでいる。何がしたいのかまったくわからない。


 俺も俺だ。どうしてあれしきの言葉で動揺しているんだ。落ち着け。俺はあんなやつらの低レベルの嫌がらせを思い出したくなくて、寧々ねねの話題を出したくないんじゃない。


「そんなこと気にしていない。俺はただ高校のやつらから注目を集めるのが嫌なだけだ」

「そのわりには桐ヶ谷先輩とお付き合いするんですね」


 チッ、面倒くさい。俺とこいつは相性あいしょうが悪い。ネチネチと会話を続けるようなやつは話していて腹が立ってくる。

 しかもこいつの場合は一応は話のすじが通っている。それがより一層、俺のしゃくさわる。


「そんな怖い顔しないでくださいよー。ちょっとふざけただけじゃないですか」


 甘えたような口調が心底しんそこむかつく。ニコニコとした笑顔が衷心ちゅうしんより腹が立つ。なぜ俺はこんなやつと話をしているんだ。さっさと帰ろう。


 俺は向きを変えて駐輪場へと向かった。正直に言うとこの方向は少し遠回りになるのだが、あいつとこれ以上はなしをするのに比べれば天国のような道だ。


 三波についてくる気配はない。三波の姿が俺の視界から消える。それだけで俺の心には平穏へいおんが訪れた。こんなことで心が安まるなんて俺もまだまだだな。


 それにしてもどうして三波は俺の過去を知っていたんだ? いや、この質問は適切ではないか。あのことはおそらく中学の頃のやつにでも聞いたのだろう。この辺りには高校も多い。顔が広く、見つけることはできるだろう。


 問題はどうしてのかだ。俺のことを調べて何になる? どんな価値があるんだ? そもそもその理由は俺なのか? 寧々のことを調べていたら、たまたま俺とのことを知ったと考える方が妥当だとうではないか?


 その方が納得もできるし、説明もうまくできる。だが、何かが違う。そもそも寧々に興味を理由は何だ? あいつは一年だろ? 入って一ヶ月ばかりのやつが三年の寧々に興味を持つ理由は?


 同じ四天王だから? それなら今日は俺ではなく桐ヶ谷にちょっかいをかけるはずだ。あいつは俺たちの後ろにいた。ならば俺が桐ヶ谷から離れたタイミングで桐ヶ谷に近づけばいい。


 なのにあいつは俺を待っていた。俺を。やはり寧々だけなのか? 昔何かがあったとか? だとすると俺にかまうのはお門違かどちがいだ。


 寧々ねねに文句があるなら寧々に言え。俺を変なことに巻き込むな。

 そう思いながら、俺は駐輪場まで歩いて行った。


 ◇◇◇


「先輩、遅かったですね。女の子を待たせるなんてだめですよ」


 俺のチャリに乗って、俺に向かって悪魔の微笑みを浮かべている三波みなみ心愛ここあというやつは何がしたいんだ?

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