第29話 一ノ瀬和也のオリエンテーリングは続く

「よ~し、これで五個目だね」

大分だいぶいい感じじゃない?」


 桐ヶ谷きりがや双葉ふたばがスタンプを押してはしゃいでいる。もしかしたらこれが正解なのかもしれないが、俺はそんな正解など気にしない。間違いが本当に間違っているかどうかを決めるのは俺だ。


 結局分かれ道をまっすぐ進んだ俺たちは何事もなく順調にポイントをかせいでいる。それがうれしいか、と聞かれたらそこまででもないのだが、達成感のようなものはやはり感じてしまう。


「じゃあ、少し休憩しようか」

「賛成~」


 桐ヶ谷の提案に双葉が勢いよく手を上げて反応する。九条くじょう志波しばも「いいね」「さすが桐ヶ谷さん」とよいしょするだけだ。俺はそれについて何も言及げんきゅうしない。


「あの少し開けたところに行こっか」

「そだね~」


 桐ヶ谷と双葉を先頭にして少し先にある開けた場所に向かう。しかし、俺が歩き出す前に双葉が俺の方を向いた。


「イッチー、ちょっといいかな?」

「・・・・・・ああ」

「みんなごめんね~。イッチーとちょっと話してくる」

莉音りおん、どうしたの?」

「なーにー、もしかして彼氏とられると思っていてる?」

「なっ、そんなんじゃないし!」

「冗談、冗談。音杏のあのそういうところ好きだよ」


 なぜを知っているやつらがこんなふざけたことをしてるんだ? どちらもだということを知っているのによくできるもんだな。俺にはこんなに必死に演技しようという気力も意欲もない。


「それじゃあ、あっちに行こうかー」


 そう言った双葉は桐ヶ谷に耳打ちをしてから、桐ヶ谷たちが向かっているのとは別方向に歩き出した。桐ヶ谷の表情からさっするに「何かあったら連絡して」とか何とか言ったのだろう。


 それならば安全だ。まぁ、そんなに離れるわけではないだろうし、俺も気をつけておこう。それより、双葉が俺に何のようだ?


 と考えても答えは出ないので、俺は双葉の向かっている方に歩き出した。何を言われても、驚かない、と思う。




「ごめんね、急に」

「何だ?」


 双葉とこうして話すのは最初の挨拶を抜くと初めてかもしれないな。それにしても小さい。小学生じゃないのか?

「えっと、いいにくい話なんだけど」


 そう言って本当に話しづらそうな顔をする。あのことか?


寧々ねね関連のことなら大丈夫だ。桐ヶ谷に言ったところで何も意味がないからな」


 俺の言葉に双葉がぎょっとした表情をする。おそらく寧々のことではなかったのだろう。しかもそのことが俺にばれていることが驚きなのだ。


「・・・・・・知ってたんだ」

「今日気づいただけだ」


 双葉が考えるようなポーズを少しとる。


「なるほどー。・・・・・・バスの中?」

「俺と寧々が連絡を取り合ってることを俺は広めていない。ということは寧々の協力者以外は知らないはずだからな」


「それに、そう考えると、桐ヶ谷のデートのタイミングと寧々の連絡のタイミングがあまりにもよすぎたことにも合点がてんがいく。最初のうちは寧々のかんの鋭さだと思っていたが、協力者が行動していたとすると納得がいく」


「いつから双葉と寧々がつながっていたかを聞くつもりはないし、その縁を切れとも言わない。もちろん、さっき言った通り桐ヶ谷に言うつもりもない。だが、行動はもう少し慎重しんちょうにするべきだな」


 そう言ったが、いつからつながっていたのかは気になる。寧々があの日、俺たちの関係を知ったから双葉と交渉したのか? いや、そもそもどうして寧々があの日、都合よくあのファミレスにいたんだ?


 確かに考えるとおかしい。あいつは一人だった。あの寧々が一人でファミレスに行くか?


 俺たちと会ったときの驚きが演技だとしたら? 俺たちがあそこに行くことを予想していたとしたら? 桐ヶ谷の性格を知っている寧々が、桐ヶ谷の行動を予想していたとしたら?


 双葉と寧々がつながっていたのが俺と桐ヶ谷が前だとしたら。そもそも桐ヶ谷が俺を選んだ理由は双葉から言われたからだとしたら。いや、桐ヶ谷が寧々とつながっていないという証拠は?


 ・・・・・・ない。あいつの行動のすべてが演技だとしたら? 考えにくいが、桐ヶ谷の能力が常人離れしているとすればあり得ない話ではない。俺に告白なことをしたのも、あのファミレスに行ったのも、寧々に驚いていたのも、すべてが寧々の指示だったとしたら?


 考えすぎかもしれない。普通に考えれば、考えすぎだろう。だが、人間は疑うものだ。獲物があると、後先考えずに行動する動物とは違う。


 そう考えると、俺の今の現状は寧々がすべてにかんでいることになる。どうだ? どうなんだ? だが、だとすると何が目的なんだ? 俺を孤立している状態から崩すため? そうすると寧々が動きやすくなるから?


 考えすぎか? そんなことをしなくても、あいつならいくらでも手段がある。こいつらを使う必要がどこにある。


 しかし、そう思わせておいて、ということもあり得る。可能性は少ないが、れいではない。判断材料が少なすぎて正確な答えが出ないが、だからこそ二人を要注意する必要がある。


 これからの行動をもっと慎重にする必要があるな。一つでも寧々の思い通りになってしまったら、いつの間にか包囲されかねない。そうしたら完全に詰み、チェックメイトだ。


――イッチー、イッチー、イッチー。


「イッチー!」

「え?」

「大丈夫?」


 双葉ふたばが心配そうな顔をして俺をのぞいている。いつの間にか下を向いていたらしい。少し考え込みすぎていたようだ。


「悪い。大丈夫だ」


 俺は顔を上げた。まっすぐにすると双葉がなってしまうので、斜め下の状態なのだが。


 この状況で色々と考えることも必要だろうが、それは落ち着いてからでいい。『二兎追うものは一兎をも得ず』。色々なものに対処しすぎると破滅してしまうのは当然のことだ。


 とりあえず今はこの林間学校のことに集中しないといけない。寧々ねねの心配をしたところで、今の俺にはどうしようもないのだ。今日の夜にでも色々と考えをまとめればいい。


「それで、何のようだ?」


 双葉にもう一度聞いた。どうせ、桐ヶ谷きりがやのことについてだろう。


音杏のあに聞いたんだ。音杏が変なやつらに絡まれたときに一ノ瀬が助けてくれたって」

「色々と勘違いがあるだろうが、流れはあっている」


 別に助けたわけではない。俺はただたんにあいつらに腹が立っただけだ。それ以上でも以下でもない。


「そんなイッチーにお願いがあるの」


 一瞬の間が空く。


大隅おおすみ佐奈さなっていう子を助けてくれない?」

「・・・・・・・・・・・・は?」


 どういう・・・・・・ことだ・・・・・・?

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